Neutoneを使うミュージシャンの声 (2) ー RAVE bird モデルは、クラシック音楽で鳥のさえずりを使う歴史の論理的な進歩【作曲家 Darragh Kelly】
Qosmoで開発されているAIを用いた音色変換プラグイン、Neutoneを実際に使用しているミュージシャンにインタビューを行う企画の第二弾。
AIを使った作曲を多く行なっているDarragh Kelly に、AIをクラシック音楽の文脈で用いることにおける可能性についてインタビューを行った。
➖DarraghはこれまでAI用いて多くの作曲を行なってきましたよね。なぜ自身の作曲にAIを用いているか、また、AIを用いるようになったきっかけなどについて、詳しく教えていただきたいです。
4年ほど前、私は実験的な音楽やコンセプチュアルな音楽を数多く作っていたのですが、そこで壁に突き当たったように感じていて。
私は10代の頃にDonna Harawayを読んで魅了されてから、テクノロジーと人間が融合する文化についてずっと魅了されていました。多くの理論家が「内的な音楽の発展は終わりを迎えた」「進歩は外側からやってこなければいけない」と書いているのを目にした私は、AIはそのような発展になりうると考えたのです。当時はクラシック音楽の分野においても、Alexander Schubertや、Jennifer Walshをはじめとした多くの作曲家やミュージシャンがAIを活用していました。
そういった経緯でAIに興味を持ち行ったのが、Dadabotsとのコラボレーションです。彼らはハッカーDUOのような、DIYの音楽を主にやっています。彼らはBritney SpearsのToxicをFrank Sinatraが歌っているような音源で有名になりましたよね。
彼らは他にもたくさん曲を作っていて、あらゆる作曲家やミュージシャンとコラボしていました。私はCrash Ensembleというアイルランドのアンサンブルに依頼されて、彼らと仕事をすることになりました。8分間、なんでも好きなようにやってよいと言われたのです。そこでDadabotと連絡を取って、この作品のために、Crash EnsembleのCrashLandsというアイルランドや国際的な作曲家によるアルバムでニューラルネットワークを訓練してもらいました。
ある意味フィードバック・ループのようなものです。クラッシュ・アンサンブルが、生演奏のクラシック音楽の作品で、AIが生成した自分たちの別のバージョンとコラボしたのです。生演奏のエレクトロニクスやアコースティック・ミュージシャンと共に。
そして、彼らのコラボレーションは、自分たちの労働だけでなく他の労働も含めて労働が拡張するという、一種奇妙な作品になりました。
その作品は『Deep Model Worker』と名付けられました。
それが、私がAIを使って音楽制作を始めた入り口でした。あれは本当に素晴らしかったです。プロジェクトはとてもうまくいって、私はとても満足でした。
そのときから、音楽におけるAIとの関係が始まりました。それ以来、AIを用いた作曲を続けています。
ー近年、Chat GPTや音楽生成AIのように、AIの進歩の速度はとても早く進んでいますよね。この時代についてどのように考えますか?
作曲家や音楽家がこのようなものを扱うのは、面白い時代だと思います。プログラマーや技術者の領域になりかけているので。
というのも、これを一種の楽器のようなものと考えるなら、かつてのアコースティック楽器や電気楽器のような、私のアイデアと作品の間にあるだけの単なる媒体ではないからです。でも、これは一種の楽器であり、一種の認識論的な道具となっていますよね。それ自体が実際の音楽、音楽理論を体現しています。
だから、かなり不安定な時代です。その進行はとても速く、その不安定さが、私が考える音楽性を特徴づけています。このAI音楽が抱える理論に関しては、ある種の物質的な過剰さがあると思います。すなわち、人々のアイデアや音楽作品のコンセプトよりも、メディアやツールが主導権を握っている面白い時代です。テクノロジー主導的で、とても魅力的だと私は思います。
ー音楽におけるAIの使われ方では、どんな方向性に興味がありますか?
私にとって、最も興味深いのは常に「生のオーディオ(raw audio)」です。Neutoneのようなプラグインや、Raveなどのように、音声波形そのものをニューラルネットワークで直接生成することです。シンボリックなもの、つまり楽譜や音楽生成などは、アーティストとしてはあまり響きませんでした。
でもraw audioが私にとって最も面白いです。なぜなら、これが音響合成において数十年にわたる最大の進展だと思うからです。おそらく1980年代以来ではないでしょうか。
なので私の興味は、このデジタル技術による音の生成が持つ独特な性質にあります。これはシンボリックな楽譜や音楽生成のような、過去のテクノロジーをデジタルでシミュレーションするものとは違っています。
ーそのような大きな変化の中で、音楽業界にはどのような変化が起こると思いますか?
ご存知の通り、私はニッチなDIYアーティストです。だから、私の活動は、メジャーな業界で起こっている変化とはかなり異なっています。
しかし、最も顕著にこの問題が表れているのは、声と音色だと思います。例えば、AIがドレイクの声を使って生成した楽曲において、彼の声がレコード会社の知的財産となっているという問題もありました。
なので、誰がパフォーマンスしているのか、というのは大きな問題です。他の多くのアート形態では既に、自己や表現、コミュニケーションについての概念を再考し、対処しなければなりませんでした。そして、自分たちが何者であるか、どうすれば互いに意味のある話ができるかを問うてきました。自己やアイデンティティに関する表現は、他のアート形態においては、実践と理論の中心であり続けています。
一方、音楽の演奏を通して自己がどのように表現されるかという問題は、深いレベルにおいて軽視されてきたように感じます。声にはもちろん人が中心にいるわけですが、その「人」が一体誰で、それが何を意味するのかという考え方は、私が感じるに、これまであまり重視されてきませんでした。
だから私は、声がどのように多面的なものであり、声とは一体何なのかを探る芸術的な研究が重要だと思います。誰しもただ一つの声だけを持っているわけではなく、誰の声も孤立して存在しているわけではありません。声がパフォーマー、作曲家、素材、人々、仲介技術、そして異なるパフォーマンスの文脈といった要素の相互作用から生まれるということを探索することです。
私はそのような声のあり方が劇的に変化していると考えます。私たちは声と自己に関係しています。そして人々の外見に対する私たちの関係性がどのように進化しているか、という問題にもまだ触れていません。
だから、声と自分自身の外見は、私が行っている少しDIYな文脈では、かなり劇的な変化を遂げていると思います。
➖DarraghがNeutoneで鳥の声のモデルを使って作曲したパフォーマンスについて、より詳しく説明していただけますか?
鳥のRAVEモデルによって、サウンド・プロダクションの大変革について考えるようになりました。クラシック音楽には、鳥のさえずりを模倣したり、音楽に取り入れたりする、長い歴史的な伝統があります。
だから私はオリヴィエ・メシアンのようなアーティストを思い出していました。
彼はフランスの作曲家で、多くの鳥の音楽を作り、音楽における鳥のさえずりの達人とも言える人物でした。
音楽における鳥のさえずりのトレンドは現代まで続いていて、クラシック音楽では、インスパイアされたり、借用されたりしている。
私にとっては、RAVEモデルを見て、クラシック音楽の傾向を見て、やや批判的に見ていました。私は、鳥のさえずりを音楽に使うことを避けていたんです。少し聴き飽きていたところでした。
でも、この曲は、音楽における鳥のさえずりというアイデアの中で、次の論理的進歩のようなものだと思いました。Timber Transfer。だから、使わざるを得ないと思ったんです。
そして、ある意味、メシアンに共鳴しました。繰り返される、循環するような呼びかけのようなものになりました。
ボーカルはミッシェルというボーカリストにやってもらいました。そして、そのRAVE birdのモデルは、鳥の鳴き声のような、実際の楽器の音楽的なモチーフとして現れました。興味深い実験でした。モデルを見たら、やらざるを得ないと思ったんです。
ーNeutoneで、鳥の声以外のモデルは使いましたか?
もちろん色んなモデルを試してみました。
実際の作曲ではまだですが、現在、プログラマーと共作を行っています。次の作品のために、Neutoneで使用するRAVEモデルをトレーニングしています。NeutoneのSDKでRAVEを使って、アイルランドの伝統的な歌唱をたくさんトレーニングさせました。 sean-nósというタイプの歌です。
これをデータセットとして、Neutoneで用い、Abletonやその他たくさんのデジタル音楽制作ツールでライブ演奏に使います。 これが次のNeutoneの応用です。
ー他のAIを使ったプラグインと比べて、Neutoneはどのような強みを持っていると考えられますか?
私はプログラマーではないので、特にニューラルネットワークを扱うときは、いつも人と共同作業をしてきました。
だからNeutoneは、私が実質的に使用した最初のAIプラグインのようなものです。そして、私にとっては、使いやすさと柔軟性の間のいい線を行っていると思います。でも、他の多くのAIプラグインのように、完全に規定された汎用的なものでもないですよね。
だから、使いやすさを追求しながらも、本質的に面白くて奇妙な試みを高く評価しています。
ーNeutoneがこれから発展していく上で、音楽シーンにどのような貢献を期待しますか?
Neutoneの用途は多岐にわたり、いろんなタイプのミュージシャンが使っていると思うのですが。私が行っている実験的なクラシック音楽という小さな一角の中で言えば、AIを簡単に応用できるようになったという点では、間違いなく大きく貢献していると思います。
ライブの文脈においては、NeutoneとRAVE Max MSPが作曲家やミュージシャンが機械学習を活用する上で、最も重要なツールの二つだと思います。
ーNeutoneを他の人に薦めるとしたら、メッセージをお願いします。
私にとってNeutoneは、音楽において機械学習を使う上で、最も身近で興味深いアプリケーションだと思います。そのためプログラミングの訓練を十分に受けていないような人でも興味を持つことができますが、その一方本質的な音響合成で新しい音を自分で生み出したい人でも、このツールとコラボレーションして、オリジナルの音を生み出すことができます。
技術的に習得すれば、Neutoneからより多くの価値を引き出すことができるのです。
文、インタビュー : 森達哉