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【感想】生きる LIVING 〜道しるべ〜

こんにちは、tocoです。

今日から3年ぶりの帰省です。高校までの18年間を暮らした私の故郷は、自然豊かなところで、童謡「ふるさと」そのまんまの田舎町です。

その帰省中、Amazon Prime Videのおすすめ作品の中からオリヴァー・ハーマナス監督の映画「生きる LIVING」を観ました。今日はその感想です。

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正直、心を強く揺さぶられたり、涙でハンカチを濡らすことはなかったけれど、全体を通して、質の高い映画だなというのが、全体の感想です。オスカーにも2度ノミネートされているので、納得です。

巧なストーリー構成、光と影の表現、螺旋階段やブランコなど映像を通じたメッセージ性など、オリンピックの体操演技に例えると、一つ一つの技を高い品質で組み込んでいた、充実した109分間の作品でした。

その中でも、印象に残ったエピソードを3つ紹介しますま 。

ナナカマドの木

映画の途中で、2度流れるスコットランド民謡です。

日本の民謡「ふるさと」のスコットランド版のような歌。これは、単純に、これから久しぶりに故郷に帰る自分の心境にとてもシンクロして心に残りました。

いつも思うのですが、帰る場所があること、懐かしむ思い出があることは、人生を豊かにするための一つの重要な要素ですね。

ああ、ナナカマドの木よ いつも懐かしく思い出す
幼き日の思い出に 優しく寄り添う木よ
春の初めに葉を開き 夏の盛りに咲き誇る
これほど美しい木があろうか ふるさとの景色よ

幹に刻まれたたくさんの名 もはや会うこともできぬ人々よ
私の胸に刻まれた懐かしき人々よ

大人たちは木陰に座り 子ども達は駆け回る
鮮やかな赤い実は  子ども達の首飾りに
心に浮かぶ母の面影

「ナナカマドの木」映画字幕より

老いらくの恋

主人公のウィリアムズが部下のハリスを誘い、映画やバーに誘う。ウィリアムズは、これまでの公務員として過ごした自分の人生、妻に早くに先立たれ後妻を持つこともなく暮らした自分の人生、この人生に生きている実感を見出せないでいました。

生きる実感を得るためにすべきことすら見つけられないウィリアムズ。そんな彼が、一際生き生きとしていた部下のハリスに半ば憧れの気持ちを抱きながら、誘い続ける。そんな時に、ハリスから告げられた言葉。

「老いらくの恋のような関係にはなれない」

私、まだ40歳そこそこですけど、ウィリアムズの気持ちが良くわかります。これまで色々な気持ちに(意識はせずとも)蓋をて生きてきた人生。ウィリアムズは余命宣告によって、私は2ヶ月間の休暇によって突然「自分の人生を生きろ」と神様から告げられる。

何をしたらいいのか分からない空っぽな気持ち。その状態への自己嫌悪。半年間という時間の潰し方が分からない。だからこそ不安で、誰かと一緒に過ごしたい。めちゃくちゃ共感できます。

ただ、老いらくの恋かどうかは別として、このぽっかりと空いた穴は、他人には埋められないんです。自分で埋めるしか、結局は満たされない。そうした人生の真理みたいなものが、この物語の根底にはあるように思います。

ウィリアムズは、後回しにしても彼の人生に「支障のない」公園づくりに、生きる目的を見出し、残りの人生の全てを賭けてそれを実現しました。この辺りも、人生の真理が見え隠れしている気がします。

人生を豊かにするものや幸せは、ついつい後回しにしても「支障ない」ものとしがちです。本当はすぐそばにあるのに、なかなか気づけない。失って初めて気が付く。ウィリアムズは、失う前に気づけた分、幸せでしたね。

この公園は「他愛のないもの」で、将来は取り壊されるかもしれない。それでも、彼が命を賭けて作ったこの公園。これは、次のエピソード「道しるべ」に繋がります。

道しるべ

これまでの人生で何度も耳にした言葉で、この作品でも一度だけ登場しましたが、この映画ほど、道しるべの意味を人生に重ねたことはありませんでした。ウィリアムズの葬儀後、帰路に着く同僚4人での会話のシーンです。

「ウィリアムズは、僕たちの人生の道しるべだ」と。

「道」という言葉は、「生きる」という言葉と同義語だと思っています。道標とはつまり、生きる上での標(導)になったということ。人生を導くもの。

この道標は、ウィリアムズが作った公園と重なります。全体から考えると、他愛のないもので、将来的には取り壊され無くなるかもしれないもの。ただ、少なくとも今ここには存在するし、少なくともその公園周辺の人々やこどもの記憶には残り、彼らのこれから続く人生の標になっている。

私たちが「生きる」ということは、何も後世に名をのこす大きな偉業を成し遂げることでも、優れた遺産を作ることでもなく、螺旋階段のように、何万年と続く人類の歴史において、ほんの100年程度の人生であっても、その途中途中に生きる人たちに向けた標となり続けること。

そして、それを見つけることの重要性を、考えさせられた映画でした。

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他の方の感想を読んで、この映画が黒澤明監督の「生きる」のリメイク版で、ストーリーや音楽など、基本的なフォーマットを再現しているということを知りました。映画評論家でもなんでもないのですが、黒澤監督とカズオ・イシグロの脚本を比較する考察も多く出ているので、気になる方は調べてみるのも面白いかもです。

ではでは。

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