【1分小説】師走の雲隠れ【300字小説】
お題:「隠す」
お題提供元:Twitter300字ss(https://twitter.com/Tw300ss)
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逃げも隠れも出来なかった。窓口にいた銀行員は、十年前に別れた妻の美江だったのだ。
美江は行雄に用件を聞かなかった。代わりに、静かにこう尋ねた。
「久しぶりに、うちで年を越すかい?」
師走の銀行は、客も銀行員もいつになくせわしなかった。平和に幸せに暮らしている彼らが、行雄には憎かった。だから今日、彼はここにやって来たのだ。
しかし美江には、全てお見通しだった。
「お酒は飲まないって約束するなら、ね。陽菜もきっと喜んで迎えてくれる」
行雄はうなだれて、足早に銀行を立ち去った。抱えていた黒革のカバンに、物々しいモデルガンを隠し持ったまま。
銀行を後にした行雄が悔し涙を流したことを、美江は知らない。
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