エリック•カルメン Change of Heart
1984年頃の学生時代、私、レンタルレコード店でバイトの店員をしていました。
そのレンタルレコード店で、私とバイトの相棒の先輩が「銀座の姐さん」と名付けていた常連客の女性がいました。
今回の記事は一年前の「エリックカルメンとラズベリーズ」のリメイク編です。哀しくも可愛いらしい彼女に、もっと温かい気持ちで書き直しています。
銀座の姐さんは、銀座の弁護士事務所で働いているらしく仕事が終わると、まっすぐ私達のレンタルレコード店に来店します。彼女の気持ちは、借りるレコードというより私の相棒である店長先輩に完全に向いていました。
その店長先輩は、パーマヘアーにブーツを履いたロック兄さんで、有名歌手のツアーバンドのギタリストを務めたりもしていました。
当時20代前半だった店長先輩は、手が空くとカウンター内の椅子に座って煙草を燻らせて彼の好きなビリースクワイアやトミーボーリンを聴き始めます。彼は歌うギタリストが好きです。
18時を過ぎた頃になると、銀座の姐さんが「こんにちは〜」と胸の前で小さく手を振りながら店内にやってきます。店長先輩が座るカウンターの隅の方の場所で遠慮気味にバックを置いて「ごめんね〜お忙しいでしょ?外は寒いわ」
店長「今週は冬休み前だからねぇ、高校生も学校は早いから忙しいよ」
銀座の姐さん「もう銀座の街とかクリスマス前ですごい人、疲れちゃうわ」
先輩「ハハハ、凄いよねぇ銀座の街も。まあ俺は行かないけどさ」
私「先輩みたいな人(パーマヘアにジーンズ&ブーツ)は銀座には居ませんね(笑)」
彼女は少し落ち着いて嬉しそうに笑います。
「そうよ、居ないわよぉ、みーんなきちんとした人ばかりなんだからぁ」
そして30分ほどはお店に居て、レコードも見たりもしますが、明らかに彼女は店長先輩の近くに居て、幸せそうにしています。
エリックカルメン「Change of Heart」
ラズベリーズ解散後ソロ1stがヒットしたエリックカルメンは、続く2ndでも得意なクラッシック風バラードでヒット曲は出すものの、思ったほど売れずに、本作3rdで路線変更します。本作は時代を感じるディスコ調な曲もありながら、彼らしいメロディアスな曲が多く、私はこの本作3rdとレンタルレコード店時代に新譜だった5thが大好きです。
ある晩、私がひとりで店番をしていると、銀座の姐さんが店にやってきて、先輩が居ない時間帯に珍しいなと思ったら、エリックカルメンのアルバムを数枚カウンターに持ってきて「これコピーして」と言うのです。
「歌詞カード?」「ううん、私この人の顔すごく好きなの。だから、アルバムジャケットの顔を紙にコピーして」
私はニヤニヤして「先輩とエリックカルメンとでは、ぜんぜん顔似てないじゃん」と言うと、彼女は「私はエリックカルメンの曲も好きなの!」と顔を赤らめてムキになって言います。毎日店長目当てに来店して、なかなか大胆な女性客だけど、一生懸命先輩にアプローチして笑顔を見せている彼女が、なんだか、いじらしかったんですよね。
そのエリックカルメンも昨年、帰らぬ人となってしまいました。その時私は本作を聴いてエリックを偲びました。アルバムの最初と最後のストリングスの曲が本作のひとつの特徴で、これを聴くと私は心が和むのです。↓
時代は80年代前半、パソコンもスマホも存在しない時代に、音楽は人と人との会話のやり取りの中でいきいきとして在りました。この頃はサントラ盤も人気で、お客さんから、
「すみません、映画のフットルースの曲で曲名は分からないんですけど…」
「これかな。オールモストパラダイス?」
「コレです!これ何分テープで入りますか」
この曲の作者はエリックカルメンです。
この曲の大ヒットに乗じて、エリックの新譜5thがひっそりと発売されていたのですが、全く話題にならずに、でも私はすごく好きで、店の棚にずっと飾っていました。↓
その棚の新譜には、銀座の姐さんは気付かなかったので「これもコピーしていきなよ」と渡しました…いや、私が推して借りていったのかもしれない。彼女はツェッペリンが好きだったし洋楽を聴くので、本当にエリックの歌も好きだったのかもしれない。
お店は、学生達で賑わっていました。歌詞カードは10円でコピーしてあげて、裏でダビングもしてあげて、カセットのカードに曲名を手書きで書いてあげるサービスまで勝手にしてあげて、店には手書きのポップが沢山あって、だから大中小のマジックペンも沢山あって、まさにアナログ感が溢れていたのです。
しかし、CD化の波を受けて店は閉店することになりました。
その解散会をやった時、銀座の姐さんは、もう店長先輩と会う場所が失くなってしまうので、先輩に寄り添ってずっと泣いていました。
あの頃、パソコンが存在しない時代の、沢山の手間や工夫や愛着や会話を生み出した、あの時のロマンというか、いじらしさが、エリックカルメンの歌にうまく溶け込んで、私には聞こえてくるのです。