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ニック•デカロ 二人でお茶を
今年も宜しくお願いします。
年末年始はダラダラしたくて記事をサボっていましたが、新年初回は、AORの大名盤と言われているアルバムです。
1984年頃の学生時代、私、レンタルレコード店でバイトの店員をしていました。
店内の壁にはずらりと新譜の貸し出しレコードが並んでいます。
1984年頃ですから、洋楽ならマドンナやマイケルジャクソン、邦楽なら山下達郎や竹内まりあのようなシティーポップスなどが流行っていて、世間では「なんとなくクリスタル」なる本がヒットして、世はバブル、クリスタルな時代なはずでしたが、地下のそのレンタルレコード店への階段を降りていくと、そこは世間の空気感とはまた違って、アン•クリスタルでした。
日中は先輩店長が居てビリースクワイヤーやホワイトスネイクを中心に洋楽ハードロックの店と化し、夜当番の私は、ボニーレイットやジャクソンブラウンを中心に、ポップスとは違ったシブい音楽ばかりが流れていました。
ある晩、私が店内で流していたシブい時代のボニーレイットに反応したお客さんが、ついに現れました。尋ねてきたのは、真面目そうな若い女性です。
「いま流れているの、誰ですか?」
「すみません、コレ、私個人のレコードを流していてお店には置いてないんです」
後でその方の会員情報を見てみると、有名一流大学の女子大生となっていて、直ぐに私は手が届かない存在だと悟りました。笑
もし彼女が普通の大学だったら、衝動的行動で「付き合って下さい」とお願いしそうなほど私はその頃、当時無名のボニーレイットに入れ込んでいましたから。
結局その方に、私物のボニーレイットの「ギブイットアップ」のレコードを好意で貸したのか、または「じゃあ、いいです」と遠慮されたのかは覚えていませんが、多分私は嬉しくて、貸したのだと思う。それで、その感想は期待する程ではなくて、終わったのだと思う。
お店の常連客の男性の人の話ですが、ある時、店に一枚だけ在ったスージークアトロのベストを気に入った彼が、他にもっとアルバムを聞きたがっていたので「私、スージークアトロ数枚持ってます。もう聞かないから、良かったら安くお譲りしますよ」と言うと、気の優しそうなその方が一枚500円で全部買ってくれました。私はもっと安く買っていたので、内心得した気持ちになっていました。
そしてある晩、店を出て直ぐの駅のホームでポツンと立っていると、ホームでタバコの吸い殻を掃除していた駅員さんが私の顔を見てニコッとして「お疲れ様です」と言うのです。親切な駅員さんだなと不思議に思いながら電車に乗って考えていたら、あの人は、スージークアトロのお客さんだ!と気づきました。
そうかあ、タダで差し上げれば良かったなぁ。
その後も彼は毎日の様に来店されましたが、何しろ腰の低い方で、それ以上親しくなることもなかったのですが、お店がもう潰れる事になってその話を伝えた時は、とても悲しそうな顔をしました。
あの駅員さんにとって、私がバイトする店は、夜な夜な楽しみな場所だったはずです。沢山借りてたし、本当に私は、タダで彼に差し上げたかった、といつまでも悔やみました。
私はよく私物のレコードも店に持ち込んで、特に夜遅い時間に、一日の疲れが癒されるレコードを流していました。
ボニーレイット然り、前回の記事のエリックカルメン然り、バイクのジャケットのアリス•スチュワート然り。
そしてもう一枚、ほんとによく聴いていたのが、コレ↓です。
ニック•デカロ「イタリアン•グラフィティ」
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本作はアレンジャーであるニックデカロのソロ名義アルバムで、カヴァー曲中心なのですが、その編曲とアレンジの音作りが本当に素晴らしいです。
スティーヴィーワンダーのカヴァーが二曲あって(↑ひとつ目二つ目)秀逸ですし、スティーヴン•ビショップとリア•カンケルの「ジャマイカの月の下で」↑や、シティー感覚に変わったジョニミッチェルの「オールアイワント」↑、更には私の好きなトッド•ラングレンからの選曲の妙には驚きましたし、選曲が奥深いので、そのことも本作の評価を高めていました。
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本人のヴォーカルが、ジェントル過ぎる声なので、一曲一曲を比べてみると、原曲の方が良いのですが、アルバムを通して聴くと、たっぷりのストリングスと、洗練されたアレンジ、とにかく隅から隅までセンスがイイのです。
「二人でお茶を(Tea for Two)」↓は、特に好きでした。後半のジャズ風な四声コーラスなんか、夜が更けて一日が終わっていく私の気持ちと溶け合っていく感じでした。
今このアルバムを聴きながら長い年月の経過を受け止めています。思い出のレコードは
小さな出来ごとも些細な出会いも、映し出してくれるようです。
「二人でお茶を」が流れると
まるで映写室にいるようだ
いつか巡り会えたら
二人でお茶をしましょう
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