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雨の岩屋戸で【レズパコ#12】

【前回のお話】
#11 君が好きだと叫びたい

 ずっと雨の中でもかまわなかった。風邪を引かないのがバカの特権だし、ずぶ濡れで抱き合うのもなんかエモかったから。だけどのんがくしゃみをしたので、近くの岩屋戸で雨宿りすることにした。線路と浜辺のあいだにそびえる松の岩山の下の、海に面した空洞に私たちは逃げ込んだ。

 道の駅の明かりも、車のライトも、街灯も届かない闇の中、低い天井にぶつからないよう屈みながら奥へ進み、ちょうどいい段差にふたりで腰掛けた。

 波で削られてできた洞窟は天然っぽいが、崩れないよう支えている柱は人工っぽい。雨のカーテンの向こうは暗く、水平線はおろか、波打ち際さえよく見えない。一本松を乗せた対の小島だけが、薄ぼんやりと海のただなかに浮かんでいる。

「いやはや」

 のんの無意味なつぶやきが、雨音に紛れつつもやけに大きくほら穴に響く。しっかりと繋いできた手も、座った拍子になんとなく離してしまった。

「まあ、あれだね」

 岩屋根と柱に縁取られた雨の海を眺めながら、私もたまらず口を開いた。しかし言葉が続かない。のんのほうを見ることもできない。もっとも目が慣れないうちは暗すぎて、かなり接近しなければ相手の表情すら見えないだろう。たとえば、唇が触れ合うほどの距離じゃないと。

 ファーストキスはいつか男の子とするつもりでいた。父のように誠実で、だけど父よりは明るくてユーモアのある、細マッチョで中性的でお尻と腹筋の引き締まった、頭の良いスマートなジェントルマンと。

 それなのにまさか、のんが初めての相手とは。女の子どうしだからノーカン、なんて言い訳が通用しないくらい本気でしてしまった。絡ませた舌は雨の味がした。ぬるぬるとこすり合わせた味蕾の摩擦が、ずぶ濡れの冷たさを忘れさせるほど熱くあまやかだった。

「くしゅんっ」

「大丈夫?」

「鼻水出た」

「舐めてあげようか?」

 冗談のつもりで言ったのにぜんぜん冗談に聞こえなくて、なんちゃって、と慌てて取り繕った。その一瞬のうちに私は、のんの上唇のしょっぱさと柔らかさを想像して、ひとりでどぎまぎしてしまった。

「あれですな」

 気を抜くと訪れる沈黙を紛らわすように、のんがまた勝算もなくつぶやく。

「こっぱずかしいですな」

「ですな」

「どしゃ降りの海に向かって叫んで抱き合うとか、青春かっての」

「青春だっての」

 ツッコミのつもりで肘で小突くと、のんが押し返してきた。腕で押し合い、肩で押し合い、頭で押し合う。いまから冗談だったことにできないだろうかと日和る私が、こみ上げてくる熱に押し流されてゆく。

 頬をくっつけて同時に振り向くと、唇が重なった。途端に離れて、いきしっ、いきしっ、いきしっとのんが三連続でくしゃみをする。ごめんごめんと鼻水を拭おうとした腕をつかんでどかし、私は先ほどの冗談を実践した。舐め取った上唇は海の味がした。だけど舌はやっぱり雨の味で、雨宿りをしているはずなのにどんどんあまつゆが溢れてきた。海を叩く豪雨に負けじと、ふたりの奏でる水音が岩屋戸にこだましている。

 濡れた体操着とスウェットが絞られるくらい、きつく抱き合う。息継ぎのために唇を離して、暗闇の中見つめ合う。目が慣れてきてしまったことに気づいた私たちは、とろけた表情を隠すように微笑みあった。

「なんかさ、思ったんだけど」

「うん」

「服、邪魔じゃない?」

「たしかにたかし」

「たけしとふとし」

 ふざけていないと喋れないくらい照れつつも、私たちはいそいそと上着を脱いだ。ブラはどうしようか迷ったが、もとよりノーブラだったのんを見て、いさぎよくかなぐり捨てた。ふたたび抱き合って唇を重ねる。

 濡れた肌がぴったりと密着する。身をよじると敏感になった先端がこすれ合って、んっと鼻から声が漏れた。

 両手が背中づたいに降りてきて、ハーフパンツの腰に親指をかける。私が膝立ちになると、のんは谷間の雫を舐め取りながら、そのまま下着ごとずり下ろした。

 濡れそぼった茂みを手探りでかき分け、洞窟の入口を指先でノックする。音なんてほとんど聞こえなくても、私にはその水音が雨とはぜんぜん違うことがわかった。

 のんが左の乳首に吸い付くと同時に、指を中に滑り込ませる。我慢できずに漏らした声が、天井に鋭く反響した。

 いささかやりすぎではござらぬか、と古風にたしなめる余裕もない。がくがくと震える膝から崩れ落ちないよう、のんの肩をつかんでいるので精一杯だ。

 いまさらなにをどう取り繕っても、冗談でしたでは済まされない。いったいどこまでが超えてはならない一線だったのかは知らないけれど、もうとっくに通り過ぎていることは明らかだ。私はすでに肩まで後悔に浸かっていた。いつかはこうなっていたのだとしても、そのいつかは永久に訪れないと思っていた。ふざけて笑っていられるうちは大丈夫だと、いつかを先延ばしにしていた。

 私の中でのんの指先がかき立てているのは、どうしようもない恐怖だった。この荒れ狂った海に放り出される恐怖だった。すっぽ抜けてしまわないよういくら固く締めつけていても、じきに私の身体は飛んでいってしまう。ブレーキをべた踏みにしているのに、タイヤが滑って止まってくれない。

 のんが左胸から口を離し、おあずけにされていた右胸に吸いついた。舌先が張り詰めた乳首を転がした瞬間、雷に打たれたように私はのけぞり、短く声を上げ、へなへなとその場にへたり込んだ。挿し込まれた指からなにかを吸い取ろうとするかのように、膣が断続的に収縮しているのを感じる。

「うわあ、えっろ」

 引き抜いた指をまじまじと眺めながらのんがつぶやく。私は息を切らし、両手で顔を覆った。そんなしおらしい反応は不本意だったが、笑い返すことなど到底できなかった。地面につけたお尻から、ひんやりとした石の冷たさが染み込んでくる。

 のんがおもむろに立ち上がり、びしょ濡れのスウェットパンツを中腰で脱ぎ捨てた。そして私の背後にそれを敷くと、首の座らない赤ん坊をゆりかごに寝かせるように、身体を支えながらゆっくりと横たえた。

「のんさん、のんさん」

「なんだいベイビー」

「なんかこれ、逆だと思うんですけど」

「後ろからがよかった?」

「じゃなくて」

 のんとそういうことをするなんて想定していたわけではないけれど、するなら自分が上だろうと当然のように思っていた。

 抵抗する間もなくのんが私にまたがり、覆いかぶさってキスをしてくる。太もものつけ根に、濡れた陰毛が押し当てられる。ウミウシやナマコが這いずるように、粘ついた体液が塗りつけられる。

 わずかでも主導権を取り戻そうと、私は下からのんの尻をわしづかみにした。毎朝叩いていた尻、教室で腰を打ちつけた尻、とっくに自分のものだと思いこんでいた尻を持て余す。こんなになめらかでさわり心地の良いものを、いままでいかにぞんざいに扱っていたか思い知って反省する。

「あっ」

 のんが驚いたように顔をあげた。

「いまさ、奇跡起きた」

 そこまで言い切っておきながら、いや、でも、ともったいぶって口ごもる。

「やっぱりなんでもない。こんなときにわざわざ言うことじゃないかも」

「気になるから言ってよ」

「いまれお、私のお尻広げたじゃん。そしたらなんか、穴のとこにぴちょんって冷たいのが落ちてきて、ど真ん中に水滴が」

「すごい、大当たりだ」

 あははと笑って、拍手に見立ててのんのケツをペチペチ叩く。緊張で固くなっていた身体から力が抜ける。海から丸見えの岩屋戸で裸で抱き合っているのが、べつに変なことじゃない気がしてきた。むしろこうしてるほうが自然に思える。ほら穴に住んでいた太古の記憶がよみがえってくる。

 肌がくっついてるおかげか、のんも似たようなことを考えているのがなんとなく伝わってきた。ムードが台無しだと残念がるところかもしれないけど、私たちにはそのほうが合っていた。

 ちゅっと軽く触れた唇から、馴染み深い親しみが流れ込んでくる。ほっぺた、首すじ、鎖骨と浴びせてくるキスに、無邪気な笑いがこみ上げてくる。こうしてふたりじゃれ合っていれば、いくら外が大雨でも安心だ。居心地のいい洞窟に、ずっと仲良く笑いながら暮らしていられる。

 レズパコしたいとか言っておきながら、のんはとても優しく私を抱いた。気持ちの良いところをくすぐるときは、いたずらっぽい笑みを浮かべて見つめてきた。舌も、指先も、窓の結露に絵を描くように穏やかだった。

 私もお返ししたいのに、お尻やおっぱいを揉むくらいしかできることがない。のんのそこに指をいれることはおろか、おいそれと触れることさえできない。

 ひとりでのんを思いながらしてもイケなかったのに、のんは二度目もあっけなく私を導いた。もうずいぶん目も慣れてきてしまって、岩の天井の模様まで見えた。のんの肌はうっすらと青白く発光していた。どういうからくりなのか、こちらを見下ろす顔がキュンとするほどかっこいい。

 このままだと好きになってしまいそうだ、といまさらながらためらう私がいて、我ながら呆れてしまう。ここまでしておいて、いったいなにに抵抗しているのか。

 だけど違和感があるのも事実だった。好きなら好きでかまわないけど、好きにも様々な形がある。私がいま差し出されている、この青く冷たく透き通った好きの形は、すごくいいものだとは思うけれど、私には似合わない。私の好きはもっと、こう、なんだろう。

「ぶぇっくしょい」

 のんのくしゃみが顔にかかる。飛んできたつばを拭わないまま、私は訊ねた。

「そろそろ戻る?」

「だね。帰ったらお風呂入ろう」

 のんが膝立ちのまま後ろを向き、どこかに置いたらしい上着を手探りでさがす。四つん這いになったお尻が、暗闇に白々と浮かび上がる。やっぱり、やられっぱなしは性に合わない。私は起き上がるやいなや、のんの腰を両手でつかんだ。

 たぷん、と意外にも澄んだ音色が響き渡る。鏡のような湖面に、はるか上空から一滴の雨水が落ちたような静謐な音色。しかし二度、三度と腰を打ちつけるたび、音はたぷたぷと単純になってゆく。やがて外のどしゃ降りと変わらない激しい音が、ぱんぱんぱんぱんと岩屋戸に響き渡った。のんがしてくれた優しい愛撫とは比べるべくもない。

「あんあん、いくいくー」

 いつかのように、のんがふざけて棒読みで喘ぐ。ビッグバンアタックなら私も笑っただろう。だけどこれはレズパコだ。どうせなら本気で喘がせたい。

 もっと腰を落として、お尻を突き出して、そうそう、足も広げて。以心伝心とはこのことか。それとも私が無意識に押して体勢を変えさせているせいか。のんはもはや笑いもせず、石の地面すれすれに突っ伏して、私の体当たりを受け止めている。

 もう少し明かりがあれば、肛門のしわの一本一本まで見えただろう。いつかこの光景を、べつの誰かも見ることになるのだろうか。そんなの嫌だ。私が最初で最後ならいいのに。そんなことを考えていると胸が張り裂けそうになって、動きはますます激しくなった。ぶつければぶつけるほど、切なくて、もどかしくて、やるせなくなる。だけどゴールテープを背にして走り出してしまった私は、もはや止まるすべを知らなかった。

「あっ、ぐっ」

 のんが声を漏らす。呻くようなその喘ぎを、私は気持ちよさのためだと早とちりして、突き飛ばすくらいの一撃を入れた。

「いっ――」

 さすがにその声は違うとわかった。なにも敷かず、岩の地面に膝をついたのんは、必死に痛みに耐えていたのだった。

「ごめん、のん、私、調子に乗って」

「いいから続けて」

「でも」

「いいって。もっと全力で来て」

「いや、でも」

「ここでやめたら私、裸のまま家まで帰るからね。それでもいいの?」

 よくない。っていうか、どんな交換条件だ。突っ込むところのような気もするが、トーンがガチなのでうかつに答えられない。雨の中、のんが真っ裸で海岸通りを闊歩する姿が、余裕で想像できてしまう。

「じゃあ体勢変えよう」

 ケツを突き出したまま熱弁するのんを立たせ、岩屋戸の柱のところまで誘導する。そういえば初めてビッグバンアタックをしたときも、机を支えにした立ちバックだった。

 雨は収まることなく、激しく海面に打ちつけている。入口近くに立つと少し明るくなって、よりくっきりとのんの姿が見えた。沿った腰の真っ直ぐなくぼみが、くすぶりかけていた欲情に火をつける。

 ちんこがあれば、と私は悔やんだ。のんを喜ばせるためというより、私自身がもっと直にのんを感じたかった。いくらぶつけても確信に届かないのは、ちんこがないからだ。シマウマの肉を食いちぎれない、牙を持たぬライオンのような無力感に苛まれる。

 だけど私は指でのんを感じるより、やはり全身で感じたかった。ぶつかったところで一つにはなれないけど、私の愛を伝える方法が、いまはそれしかわからなかった。

 踏切の音が雨に紛れて聞こえてくる。ゴオオオオオと岩屋戸が震えて、電車が通過して遠ざかってゆく。のんが柱に腕を突っ張って、押しつぶされそうな衝撃に耐えている。私は電車を追い越さんばかりの全力疾走で、こみ上げる衝動をぶつけ続けた。

「あっ、アッ、いっ――」

 今度のそれは、痛みによる声ではなかった。のんは柱にもたれかかったまま、力尽きる草食動物のように、ガタガタと膝を震わせてその場にくずおれた。

 私はのんを抱き起こすと、ぜえぜえと息を切らしながら、ふたたび腰を振り始めた。この日の雨は記録的豪雨と報道された。

【次回のお話】
#13 のんのんでり


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