レズパコ禁止【レズパコ#04】
スドウとアリダの喧嘩を仲裁してほしいとタカナシに頼まれた。同じクラスでそこそこ仲も良く、ビッグバンアタックの講習会にも参加してくれた彼女らではあるが、どうして私にそんなことをお願いするのか首を傾げてしまう。とはいえ頼られると断れない性分だ。私は腕まくりをして頷いた。
聞いてみると、スドウとアリダはべつに取っ組み合いのキャットファイトを繰り広げているわけでもなく、ただひたすら険悪になっているらしい。ますます私の領分ではない。どんな問題も力づくで解決できるならそれが一番なのに。
タカナシに聞いても、私が悪いの、としか言わない。スドウに聞くと、アリダが悪いという。アリダに聞くと、スドウが裏切ったと唇を噛んで訴えてくる。埒が明かない。
とりあえず三者を一同に集めなければと思ったが、スドウとアリダは顔も見たくないらしく、狭い教室でそっぽを向き合っている。私はのんにアリダを拘束してもらい、スドウを引っ捕らえて無理やり突き合わせた。
しばらく誰も口を利かなかったが、私が悪いのとタカナシがしおらしくつぶやくと、スドウとアリダが声を揃えて彼女をかばい、互いに睨み合った。
「なにがあったの?」
私が問いかけてもスドウはだんまりを決め込んでいる。
「なにがあったの?」
同じセリフなのに、のんが問いかけた途端にスドウは大粒の涙を浮かべて口を開いた。
「わ、私が先に……なのに……こいつが」
「先とか後とか関係ないでしょ!」
アリダが食ってかかる。私とのんがおさえておかなければ殺し合いに発展してもおかしくない、そんな一触即発の空気をタカナシがおろおろと遠巻きに眺めている。
スドウが涙混じりに、アリダが怒りに声を震わせながら罵り合う。彼女らの言い争いから断片的ながらもようやく喧嘩の原因が見えてきて、私はズッコケそうになった。
「つまり、スドウが先にタカナシにビッグバンアタックしてたのに、それをアリダが横取りしたから、それで怒ってるってこと?」
呆れ返った私を睨んで、アリダが「ちがう!」と机を叩く。彼女からすると裏切ったのはスドウの方で、もともとタカナシにビッグバンアタックをする権利は自分にあったのだと主張してきた。
一つの肉を奪い合う獣たちに、大義も名分もあったものではない。どうして仲良く分け合うことができないのか。そりゃあタカナシのケツを二つに切って分けることはできないが、ちゃんとここに丸々と立派に存在しているではないか。使ったら減るわけでもあるまいし、二人で好きなときに好きなように扱えばいいだけの話だ。
とはいえ火種が私の考案したビッグバンアタックにあるのだとすれば、責任を感じないでもない。講習会で手を挙げて質問してくれたスドウ、愉快なBGMをつけた動画を世界中に拡散してくれたアリダ。あんなに仲良く笑い転げていた彼女たちがいがみ合っている様を見るのは忍びない。
「じゃあシフト制にすればいいじゃん。月曜はスドウで火曜はアリダ、みたいな」
「そういう問題じゃない!」
せっかくの提案を双方からのツッコミがはねつける。
「んなこと言っても、タカナシのケツは一つしかないんだから、仲良く使い回すしかないじゃん。べつに名前が書いてあるわけじゃないんだから」
「だけど私が先に――」
「私のほうがずっと前から――」
続く言葉が〝ビッグバンアタックをしたかった〟ではないことくらい、現国赤点ギリギリの私にもわかった。タカナシを見やるスドウとアリダの熱っぽい表情に、黒マジックで答えがでかでかと書いてある。きょとんととぼけたタカナシにもさすがに伝わっているはずだ。ということはこいつ、わかっててこの状況を楽しんでやがるな。
ずばりスドウもアリダも、そういう意味でタカナシのことが好きなのだ。だから他愛のない悪ふざけが、寝取った寝取られたという痴情のもつれに発展してしまっているのだ。
「あんたら女同士でそんな……」
「よくないよ、れお」
我関せずの態度を貫いていたのんがいきなり口を挟んできた。
「最近はそういうの当たり前なんだから。LGBBQに配慮しなきゃ」
「えっ、そうなの?」
真剣なんだかふざけてるんだかわからない、ニヤけてるようにも憂えてるようにも見える垂れ目と見つめ合う。
そうなのか、と私は胸の内で繰り返した。ぎゃあぎゃあ騒がしい教室の喧騒が遠くなる。射し込む西日に照らされた、のんの制服の白が虹彩を引き絞る。私と彼女のあいだに漂う、空気中のホコリが金色にきらめく。
のんにビッグバンアタックをかましたあの日の光景がフラッシュバックして、私はぶんぶんぶんとかぶりを振った。
「とにかくビッグバンアタックはそういうのじゃないから! 遊びだから! そんなくだらないことで喧嘩すんな!」
反論しかけた二人を私は睨みつけて制した。なにか一言でも口答えしようものなら食い殺してやる。そんな鬼気迫る圧を敏感に察知して、スドウもアリダも尻尾を丸めた。
この事件を機に、私はビッグバンアタックのルールを制定した。
個人的な感情、とくに恋愛感情を伴うのは禁止。なによりも笑いが優先されるべきであって、笑えないガチ感はご法度。ビッグバンアタックをする方もされる方も、気持ちよくなって実際にイッてしまうなど言語道断。ルールを破った結果のいざこざに関しては、当局は一切関与しない。
A4用紙にポスターカラーの赤文字で警句をしたためる。
『レズパコ禁止!』
教卓の正面に掲げられた一文は、先生からは死角になっていたためその日は気付かれなかったものの、翌日には剥がされていた。そして署名していたわけでもないのになぜか私が犯人と決めつけられ、朝から説教を食らう羽目になった。教室の秩序を守るためなのだという訴えは、残念ながら聞き入れてもらえなかった。
レズパコ禁止。私は自分が書きなぐったその言葉を、しっかりと胸に刻みこんだ。
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