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【赤いきつね】広告にASMRをもちいることの意味って何?
■問い:赤いきつねとASMR、つながるか?
「ASMR的な手法がメジャーな広告に使われるのは面白いなあ」というパッションだけで書いた記事です。
作者のモリセは「何かと何かをつなげること」に妄執する人間で、今回は「赤いきつね」と「ASMR」がつながるかもしれない! というひらめきを得たため、大興奮で執筆しました。
はたして「赤いきつね」と「ASMR」、つながるのでしょうか。
→モリセは元気な妄執者なのでつなげました。
📝赤いきつね騒動とは
2025年2月6日、東洋水産が公開したカップ麺「赤いきつね」のアニメCMが、SNS上で物議をかもした問題。
若い女性が自宅っぽい場所で「赤いきつね」を食べる様子が描かれる。女性の頬が赤らむ描写や口元のアップが「性的」とされた。
●前提
この記事では、赤いきつねCMの絵柄が性的かどうか? という問いに意見が表明されません。つまりこの記事は、あのCMの絵柄が性的か否かについての意見を補強する材料として書かれたものではありません。
モリセは「ASMR的な手法とメジャーな広告のつながりが面白い」ということにしか興味がなく、性的か否かという点についてオピニオンを持って真剣に議論されている方からすると、まぜっ返している、茶化している、みたいな態度に見えると思います。
モリセは、いわば、燃え盛る、火事場🔥から出てきた、炭◾️‼️で、簡易な電池🔋を作って、楽しむ😀✨、まっこと不快な「火事場泥棒」です😅💦‼️
このテンションで最後まで駆け抜けているので、どうぞご承知おきください(基本的に、人類がみんな幸せになってほしいと思っています)。
●赤いきつねはASMRではないか
「赤いきつね」の例のCMを目にしたとき、最初に思ったのは、静かだが、音がデカく聞こえるな、ということであった。
たとえば、冒頭5秒目、顔のクローズアップのシーン。できあがったカップ麺から湯気があがり、鼻で息を吸い込む。
すごくいい。一瞬でカップ麺の「あの味」が蘇る。
こんな綺麗な鼻息、ラジオでアナウンサーが長文のCMを読み上げるとき、文と文の間でスッと綺麗に鼻で息継ぎするときにしか聞いたことがない(私しか分からないあるある)。
声優さんってすごいなあと、本当に感心する。
続いて、おあげを箸で押しつぶすシーン。かわいたおあげに熱湯がしみこんで、ジュワア、という音がする。すぐに、スープを飲み込むシーンへ。ズルル、とすすったあと、ゴクリと飲み込む。
はあ、と息をつき、おいしい、とつぶやく女性のカット。そののち、すぐに麺を持ち上げる、水っぽい湿ってぬかるんだ、グチュグチュという音。麺を啜るズズズという音。おあげを齧るクジュッとした音。また、スープを飲みこむ……。
太字強調なのでもう分かると思うのだが、この動画は、カップ麺を食べるときに発生する「音」について、かなりのこだわりとともに再構築している、と私は感じた。
●麺をもちあげるときの「グチュ音」
特に、麺を持ち上げる音ときのグチュグチュッという音。動画11秒ごろ。
ここは私の主観が入るのだが、カップ麺を食べるとき、麺をもちあげるときの音というのは、そこまで意識されないはずだ。
私はこのグチュグチュ音に、ブレヒトがいうところの「異化」を感じた。
異化:みんなにとって馴染みのあるものを、馴染みないものに見せたり、なんかヘンに見せたりすること。
Brechtian Acting & Realism https://alannah.co/2021/03/28/brechtian-acting-realism/
カップ麺を食べるぞ〜みたいな動画を見てみても、すする音はかなり大きな音量で入るのだが、もちあげるときの音は入りづらい。
以下に3つ、「食べること」が主目的の動画を挙げてみた。
(以下3つは全て、めちゃくちゃ動画として面白いコンテンツばかりなので、ここでこの記事から離脱されてしまうかもしれないとビクビクしているのですが、よければ動画を見終わったあと、この記事にも戻ってきてもらえるとすごく嬉しいです)
だからこそ、赤いきつねの動画でのグチュグチュ音は、新鮮な驚きを覚える。え、麺もちあげるときってこんな音するんだ?! と。
●全ての音が均一に収録されている
また、全ての音量が均一であることも、このCMが「ただ食べているだけ」ではない証左である。
麺を持ち上げるときの音量と、啜るときの音量は、啜るときのほうが一般に大きい。
先ほどの大食いやSUSURU TV.の動画でも、持ち上げるときの音は「入っているが、とても小さい」ものだった。
赤いきつねの動画においては、全ての音が均一にデカい。だから麺の音がちょっと面白いのである。
●グチュグチュ音が入っている食レポ動画は存在する
しかし、現代を生きる私たちは、この「グチュグチュッ」という音などに代表されるような、通常クローズアップされない音がクローズアップされる経験を、多分そこまでの違和感とともに受け取らない。
というのも、私たちはASMRで、よくこういう音を聞いているからだ。
ASMRの文脈では、麺をもちあげる際のグチュッとした音がクローズアップされている動画はわりと見つけやすい。
つまり、赤いきつねの動画は、ASMR動画の文脈上で作られたCMなのではないか、とモリセは考えた。
●ASMRとは?
Autonomous Sensory Meridian Response(自律感覚絶頂反応)の略語。
モリセはよく「AMSR」と言ってしまい、恥をかいている。間違えたときも毎回、「自分がこうだと覚えてるやつの逆のほうが正しい!」と考えるので、毎回混乱し、いつまで経っても直らない。助けてください
頭や首筋がゾクゾクするような心地よい感覚のことで、視覚、聴覚、嗅覚、触覚などの刺激で起こる。
たとえば、ホテルのお土産屋さんとかにあるこういうやつ↓。
頭頂部から耳に向かってソソソソ〜と細いワイヤーを下ろしていくと、腰骨のあたりからゾゾゾゾ〜と意志の力が砕けるような虚脱感が襲ってくる。あの感じがASMR的である、ということ。
この「ゾゾゾゾ〜」を意図的に作ろう、しかも画面越しに届けよう、という意図のもと作られているのがASMR動画。インターネット文化に日常的に触れている人なら、遭遇したこともあるのではないだろうか。
●ASMRがなぜ、この動画に採用されたのか?
では、なぜASMR的な手法がこの動画に採用されたのか。
これには重大な意味があるだろうと思う。
ここからは、Helle Breth Klausenによって書かれた論文"ASMR explained: Role play videos as a form of touching with the eyes and the ears"をベースに、ASMRの「効能」について考えてみる。
この論文は"First Monday"に掲載されている。
First Mondayとは、インターネットに関する研究を扱う学術誌。1996年創刊。イリノイ大学シカゴ校がスポンサー。論文は、専門家が査読したものを掲載しているので、情報源として信頼性はあると判断する。
なお、モリセはASMR動画という広大なジャンルについて何も知らないことを知っているので、間違いがあったらぜひ教えてほしい。あと、ASMR動画が大好きな人がいらしたら、ぜひ話を聞きたいので、連絡ください。saemorita1202 @ gmail.com
ASMR、何がいいの
この論文によれば、ASMRの特徴は、「画面越しにもかかわらず、まるで実際にそこにいるような感覚や親密さが感じられること」にある。
画面が体に入ってくる/体が画面に入っていくかのような没入感があるということ。「今、ここにいる」「同期している」という感覚。
どゆこと? という方はいったん、以下の動画をイヤホンで聞いてみてほしい。
私は他人から耳かきされるのが怖いので(もしも刺客だった場合、鼓膜を破られるから)、耳かき動画も怖い。
でも、なぜこの動画が「怖い」のだろうか? これは動画なので、鼓膜を実際に破られることはない。
この「ヤバい、鼓膜をマジで破られるかもしれない……」という不安こそが、ASMRのもつ「没入性」の作用だ。
論文においてASMRの体験は、触覚的な視聴覚性(Haptic audio-visuality、Laura U. Marks)であるとか、共感覚に似ている、と指摘されている。
つまり、目や耳が、触覚器官のように機能しているということ。聞いた情報、見た情報を「触った情報」として脳に処理させている。
だから、ASMR動画を「視聴している」だけなのに、本当に今、ここで動画の内容を体感しているような没入感が得られてしまうというわけだ。
ちなみに、ASMRには以下のようなジャンルがある。二つ以上のジャンルを横断している動画もたくさんある。
・ささやき声系(Whispering)
・タッピング系(Tapping):物を軽く叩く
・咀嚼音系(Eating Sounds)
・耳かき系(Ear Cleaning)
・環境音系(Ambient Sounds)
・ケアされてる系:耳かき(Ear Cleaning)、マッサージ、ヘアカットなど。
・ロールプレイ系(Roleplay):医者や美容師、マッサージ師などのストーリー性を楽しみながらリラックスできる
・視覚的ASMR(Visual ASMR):石鹸を細かく切るなど、視覚的にも「気持ちい」動画。
要するにASMRは、脳に「今・ここ」性を錯覚させることで、強い没入感を持ってもらう手法、というわけだ。
VRにかなり近い属性があるものであることが分かる。
「今ここ」と「広告」の相性の良さ
こう考えてみると、ASMRが広告で使われるというのは、すごくよく分かる帰結だ。没入させればさせるほど、他の五感を脳が勝手に補ってくれるのだから。
特に食品系の広告とすごく相性がいい。視覚と聴覚で情報を与えることで、味覚まで勝手に補ってもらえる。ASMRで食べているさまを見るとき、実際に脳みそも「美味しい!!」と感じているのだ。これはめちゃくちゃ強い。
没入感ならVRでもいいじゃん、となりそうだが、VRは体験できる人が限られている。一般的な消費者は、現時点では、VR設備を自宅に揃えたり、日常的にVR動画を楽しんだりはしていない。
動画が見られる環境にある人なら誰でも、というのは、ASMRの大きな魅力といえる。
これを証明するかのように、トップのASMRtistのジャンルは全て食べ物系である。レシピ集を発売しているASMRtistもいる。
(※)ASMRtist:ASMRの動画をアップする人のこと。
なお、ASMRは「繊細な音を扱わねばならない」という制限があるので、バンジージャンプの広告とか、FPSゲームの広告とかに使うことは難しい。
(でも、バンジージャンプでASMRやってる人がいたら、絵面としてかなり面白いとは思う。誰かやってほしい)。
ASMRを広告に活用するとき気をつけるべきポイント
しかし、ASMRを広告に起用することは、諸刃の剣でもある。
注意点①:エロと混同されやすい
ASMRのそもそものスタートはAutonomous Sensory Meridian Response(自律感覚絶頂反応)、つまり脳みそが「気持ちよくなる」感覚のことだ。英語圏では、話題になりだした当初は“braingasm”(脳のオーガズム)とか“whisper porn”(囁きポルノ)と呼称する動きもあった。
もちろん、ASMR=ポルノではない。後述するが、ASMRはもはや一大コンテンツだ。心身の不調を抱えている人が「癒される」と感じることもあるなど、癒し系コンテンツの一種でもある。
ただ、ASMR動画のなかには、配信者との親密な関係を示唆する動画も少なくない。それどころか、ASMR的な要素を活かしたアダルトコンテンツも世の中にはたくさんある。
でもまあこれは、ASMRのもつ「距離感の近さ」「没入感」という特徴上、ある種仕方のないことだともいえる。そういう使われ方をすることだってある。包丁だっていろんな使い方ができる。
注意点②:効果をバッチリ出すためには「共感性」が必要
論文によれば、ASMRの没入感を100%で得るためには、以下のような要素が必要だ。
性格
想像力
協調性
ASMRtistとの疑似的な社会的関係
さらに、コンテンツに対する共感が強いほど、ASMRの反応も強くなることが分かっている。催眠系のコンテンツを愛好される方ならよく分かってくれるはずだ(スルーしてください)。
要するに、動画の対象に「いいな〜」と思っていなければ、対象に身を委ねることは難しいよね、というわけ。
つまり、商品の魅力をなるべく多くの人に知ってほしいという目的でASMR的なものを持ち出すのであれば、人間はもしかすると極力入れないほうがいいのかもしれない(仮説だが)。好みが出てしまうので……。
今回のCMも、手元だけのアップでASMRとかだったら、また反応は違っただろう。
注意点③:ASMRは「楽しめる人」「楽しめない人」がいる
さらに、論文によれば、ASMRを楽しめる人は、そもそも限られている。以下のような人が、共感覚的に没入してASMRを楽しめるらしい。
新しい体験に対する抵抗感が少ない
好奇心が強い
芸術的なものが好き
ちょっと神経質
これは高校のときの進路チェックテストで「芸術家がおすすめ」と言われて落ち込むオタクの特徴みたいだが、そうではない。ASMRが楽しめる人の特徴である。
MBTI(16分類の性格診断)でいうと「ISFP(冒険家)」とか「ENFP(運動家)」にあたると思う。
調査によると、日本人のISFPの割合は約4.53%、ENFPの割合は約8.48%。合計して13.01%の人に、ASMR的なコンテンツは届けやすい、ということが分かる。
1割強の人間に「最高だ」と思ってもらえる可能性のある広告。まあセグメント切って「この層に届ける」ということがハッキリしてるなら悪くない選択だと思う。みんなはどう思う?
ただ、「ちょっと神経質」な性質をもつ人間は、炎上しそうな/すでに炎上したコンテンツに対して没入感を持って動画を視聴してくれるのか……というと、ちょっと微妙というか、リスキーかもしれない。
ASMRを広告として広く使うなら、「ケチがつかない」感じは結構重要なのではないだろうか。
●ASMR的な手法はメジャーなのか?
これは明らかに「メジャーである」といえる。
たとえば、2019年に開催されたアメリカの「スーパーボウル」(アメフトのイベントなのだが、めちゃくちゃ規模がでかい)で流れたビールの広告はモロにASMRだ。
後述するが、日本のASMRtistである「しなこちゃん」は小中学生にめちゃくちゃウケており、コンテンツもかなり「健全」である(お菓子を嘘みたいな量でめちゃくちゃ食べるので、ヘルスケア的な側面から見ると不健全だとは思う☺️)。
でも、全体的にASMRってどんな世界なの? っていうのが分からないとウームだと思うので、ここでYouTubeでトップの再生者数を誇るASMRtistの、2025/02/22時点でのYouTube登録者数を掲載する(このサイトを参考にした)。
■Zach Choi ASMR: 3,180万人
お料理の情景系。サムネイルは大食い系なのかな〜と思うが、食べている描写はほとんど入らない。ひたすら大量の食材がカットされ、調理されていく。ものすごく映像として綺麗で、心が洗われる気持ちになる。
毎日のように、すごく尺の長い、洗練された動画をアップしており、どうやったらこんなにコンテンツを量産できるのか分からない。
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■バヤシTV:3,170万人
日本人の方だ。ご存じの方も多いと思う。TikTokのフォロワー数も日本で一位らしい。
内容的にはZach Choiさんの動画と似ている。ひたすら調理。そして食べる。レシピも公開されており、動画を見ていて「いいなあ」と思ったら自分でも作れる。レシピ本も発表されている。
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■Jane ASMR:1,830万人
韓国系の方。食べ物や料理の咀嚼音系。サムネイル一覧を見てもらうと分かるが、めちゃくちゃ色鮮やか。お菓子をとにかくモリモリ食べる。
あとは、顔出しをしていないのが面白いというか、特徴的だ。顔などもはや必要ないのだ!!
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■しなこ:121万人
ちょっと登録者数は落ちるが、今日本でいちばん「若者ウケしている」ASMRtistといえばしなこちゃんであろう。小中学性にめちゃくちゃウケている。
前述のJaneさんと同じく咀嚼系のコンテンツが多い。そしてカラフル。
しなこちゃんは原宿のスイーツショップで店長などもしており、もうとにかく新商品を出しゃバズって売れる、どうしてそんなことが起こるわけ? という方である。すごい。
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ちなみに、ASMRは英語圏のインターネットで発祥した文化(※)だが、現在、トップのASMRtistと呼ばれる人たちはなぜかアジア系が多い。
(※)2007年に健康系の掲示板Steadyhealth.comでスレッドが立てられたのがASMRへのインターネット上の最初の言及と考えられている(でもこれは諸説あると思われる)。
また、YouTube上で、2009年にアップされたASMR的な要素をもつ始めての動画は英語のものである。
●結論:赤いきつねとASMR、つながるか?
私はつながると思う。
アニメ×ASMR×広告のジャンルはまだまだ可能性があると思うし、今回の炎上に萎縮せず、どんどん新しい表現が出てくるといいなと、私としては心から思っている。そのほうが面白いので……。
●この記事を書いた人
モリセ(X:morisae92)
何かと何かがつながるかもしれないと思って、日々本を読んだりインターネットを見たりしています。普段はフリーランスの広報で、毎日誰かに取材をしています。
✉️モリセに知識をください
モリセは知識と知識をつなげることが大好きな人間です。この文章を読んで「そういえば思い出したことがあるよ」「ここは違うと思うよ」という方、ぜひお声がけください。コメントでもメールでも、Xでも。
裏付けの取れていない「こういう話を昔ともだちとしたよ」「あの頃はこんな感じだったな〜」みたいな話でも全く構いません。
saemorita1202 @ gmail.com