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故郷ってなんだろう


〜個人的なこだわり〜
故郷と書いて"ふるさと"と読む。
地球と書いて"ほし"と読む。
宇宙と書いて"コスモ"と読む。

勝手に頭の中で変換してるだけだけども!


縁の切れやすい時代だと、住んでいる場所柄的にそう思うことがある。だからこそ、こうして色々な場所に行って、友達を増やして、帰れる場所(故郷)を一つでも多くすることで人との、場所との、世界との繋がりを切らずに生きられるのではないかな。生きていく上で、つながりとはなくてはならないものだと思う。

感想(今回のワーキングホリデーを通して)

感想を書きながら思った。
"故郷"という言葉を使ったのはもしかしたら初めてかもしれない。同じように"幼馴染"という言葉も私には縁がないものと感じる。

幼い頃から何度も引越しを繰り返してきた。だから、自分には漠然と根無草的な感覚があって、今住んでいる街も10年以上住んでいるが、「ここが私の故郷です。」と述べることには違和感がある。

いわゆる"都会"に今の自分は住んでいるが、未だに実感が湧かない。
思い出せる限り一番最初の記憶は幼稚園時代、長崎に住んでいた頃。海とお寺と米軍基地があって、ただ、広くてなんもないけど、家族と兄弟がいた。

その後も、都会には小学校高学年にこちらに越してくるまで住んだことがなかった。友達がいて、海があって、長い道路があって。多分そんな、田舎にしか住んだことがなかった。(とはいえ山奥とか島ではなく、地方都市のレベルだったと思う)

そんな記憶が体に刻まれているから、ふと電車で人混みに紛れていたり、もう特に感動もしない東京タワーを目の端に感じながら通学したり、新宿駅も東京駅の乗り継ぎも息をするようにできる自分を客観視すると、「あれ?私は今、なぜここにいるんだ?」と感じることがある。

ふりかえる暇もなく時は流れて
帰りたい場所がまたひとつづつ消えてゆく
縋りたい誰かを失うたびに
誰かを守りたい私になるの

中島みゆき/誕生

高校生の頃から、家に自分の居場所がないと感じていた。
自分の家なのに、帰りたくなくて、家出や外泊を繰り返していた。今も、実家には二年くらい帰っていない。
そんな時にこの曲を、家庭の苦しさと同時に、故郷と呼べる場所のない自分のバックグラウンドを重ねながら聞いていた。
この歌詞のように、縋りたい誰かも、縋りたい場所もない自分だからこそ、誰かを守れるくらい強い人間になりたいと願った。
でも、帰れる場所って大事だよね。そういう私の欲しかった強さは安定した居場所がないと湧いてこないものだとも痛感してる。

でも、今回利尻からこの街に帰ってきた時、横浜駅の雑踏や、車窓から見える景色に不思議とホッとした。これが、故郷とか帰りたい場所っていう感覚なのかな。
もう10年住んでいるこの街は私の故郷だと、帰ってもいい場所だと言っていいかな?
そんな問いに「いいよ」と、やっと許可が降りそうな、そんな気がする。

私は、これまで住んできた地域も、今回行った利尻島も、友達が住んでいる土地も、そしてこの街も、これから行くまだ見ぬ地もきっと大事で大好きだ。

でも自分にとって帰りたいと思える場所がひとつでもあったら、それで充分だとも思う。

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