Dancing Queen - ABBA
この曲を聴くと漠然と虚しさと悲しさに呑まれてしまうという意味で、不思議な思い入れがある。その理由については後で書くとして、イレギュラーながら先に訳の言い訳(意味もなく読みづらいセンテンスだ)をひとつだけ。Queenが女王でKingが王なのは分かってる。分かってるけど、僕には日本語の女王/王がこの歌の文脈ではしっくり来ないのだ。向こうはプロムとかを通じて女王や王、という言葉に馴染みがあるだろうけど、日本人の僕の中にいる「少女」が憧れるのはお姫様であり、出逢いたいのは王子様なのだ。そういうわけだから明らかな誤訳だけど許してほしい。てか王子に対応するのは王女だと思うのだが、姫と王女ってのは何が違うんだろう。どちらもPrincess。
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You can dance
踊ったっていい
You can jive
ノったっていい
Having the time of your life
人生のいまを楽しんでいい
See that girl
ほら、あの子みたいに
Watch that scene
あんな風に
Digging the dancing queen
ときめくダンスフロアのお姫さまに
Friday night and the lights are low
金曜日の夜、薄明かり、
Looking out for a place to go
頭にあるのは向かう先
Where they play the right music
ぴったりの曲がかかってる
Getting in the swing
踊るみんなに混じれるところ
You come to look for a king
探しに来たのは王子さま
Anybody could be that guy
誰がそうでもおかしくない
Night is young and the music's high
夜はまだこれから、ノリはもう最高潮
With a bit of rock music
ほんの少しロックがかかれば
Everything is fine
何もかもが問題なし
You're in the mood for a dance
踊りたい気分になってきて
And when you get the chance
あとはそのときさえ来たなら…
You are the dancing queen
あなただってフロアのお姫さま
Young and sweet
若くて可愛い
Only seventeen
たったの17歳
Dancing queen
ダンスフロアのお姫さま
Feel the beat from the tambourine
染み入るばかりのタンバリン
You can dance
踊ったっていい
You can jive
ノったっていい
Having the time of your life
人生のいまを楽しんでいい
See that girl
ほら、あの子みたいに
Watch that scene
あんな風に
Digging the dancing queen
ときめくダンスフロアのお姫さまに
You're a teaser, you turn 'em on
相手を焦らしてその気にさせて
Leave 'em burning and then you're gone
燃え上がらせてはいなくなる
Looking out for another
頭にあるのは次の相手
Anyone will do
誰だって問題なし
You're in the mood for a dance
踊りたい気分になってきて
And when you get the chance
あとはそのときさえ来たなら
You are the dancing queen
あなただってフロアのお姫さま
Young and sweet
若くて可愛い
Only seventeen
たったの17歳
Dancing queen
ダンスフロアのお姫さま
Feel the beat from the tambourine
染み入るばかりのタンバリン
You can dance
踊ったっていい
You can jive
ノったっていい
Having the time of your life
人生のいまを楽しんでいい
See that girl
ほら、あの子みたいに
Watch that scene
あんな風に
Digging the dancing queen
ときめくダンスフロアのお姫さまに
Digging the dancing queen
ときめくダンスフロアのお姫さまに
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ピッチ落とし+リバーブ+ベース強化というヴェイパーウェイブもどきのリミックス。好き。地獄みたいで。
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何でまたこんな明るく陽気な歌を聞いて虚しく悲しくなるかというと、新宿歌舞伎町ディスコ殺人事件を連想するからだ。
僕には子供ながらに夜遊びなんて経験がない。大学生ぐらいになってからも、飲み屋で遅くまで飲み続けることはあっても相手は知り合いだし、深夜に出かけるといえば、人のいない通りをひたすら、ずーっとまっすぐ歩いたりとかであって、こう言う不特定多数が出会って遊ぶところには出入りしたことがない。知らない人というのは今も昔も怖いものでしかない。
だから、夜遊びしてこういう場所に出入りする、しかも、若い、というかもはやまだ幼い、そんな子供の気持ちというのは、実のところ僕にはまるで分からない。分からないのに勝手に想像した気持ちとこの事件とこの歌を結びつけてしまう。そして勝手に想像した気持ちというのはつまるところ僕の中にある気持ちであって、よって「孤独」とか「退屈」とか「閉塞感」とか「背伸び」とか「変身願望」とかそんなあれやこれやになる。これはあくまで僕、でしかない。ディスコ殺傷の被害者…とりわけ実際に殺されてしまった方…の子の気持ちは、もう誰にも分からない。
彼女は親の元ではなく、祖父の家に預けられ、茨城県で暮らしていた。そこがある意味での彼女の「地元」だった。しかし祖父が亡くなったことで東京都港区の母親の元で暮らさざるを得なくなる。転校したものの、事件が起きた6月の前月、5月に入ってから遊んでいたのは茨城の古い友人だ。彼女はわざわざ遠くに住む古い知り合いと連れ立って東京で遊んでいた。母親が捜索願を出したのは家に帰ってこなくなってから数日経ってから。これが彼女が外泊が基本だったからなのか、母親が彼女に無関心だったからなのか、その両方なのかは良く分からない。何にせよ、彼女は東京の家や学校にはそうだと信じられる居場所がなかったのではないかという風に見える。
生きづらさ、居場所のなさ。これらから逃れられる少年少女がいるとは思えないが、これも他人の勝手な妄想でしかない。本当に心から溌剌とし続けている少年少女もいるのかも。
例えば20過ぎてからだけど、「きみはこんな風に苦しんでたり、それを作品にしてるけれど、もう少し年を取ればそういうのも薄れていくよ」と何度も色んな人に言われた。これは一般的にはそうなのかもしれない。しかし僕にとっては嘘だった。生きていることはまるで楽にはならず、漠然とした不安とつらさが付きまとい続けている。どんどんひどくなっているようにさえ思う。しかしこれも僕の主観でしかない。大人になって楽になった人はたくさんいるのかもしれないし、僕なんかよりずっと痛みを抱えている人もいるのかもしれない。
だから、本当の意味で誠実でいたいなら、誰か他人の内心について憶測で勝手に語り、ストーリーを紡いだりするべきではないんだろう。でも語りたい。これは結局のところ、その人について語りたいのではなく、僕について語りたいという欲なんだろう。その欲を抑え込めず、こうしてダラダラと書き続けてしまってるが、せめて、自分は不誠実だと忘れないでいるという程度の誠実さぐらいは最低限失わないようにしたい(それっぽく書いてるが所詮は開き直りに過ぎないよな。)。
生きづらくて居場所がなくて、道を外れて彷徨った。その結果、全く知らない誰かに殺され、死によって生きづらさも居場所も関係がなくなった。その帰結に、残酷な悲劇という形で祈りが叶ってしまった虚しさだけでなく、皮肉なことこの上ない「収まるべく収まった」を覚えてしまう。夜遊びする中学生なんて殺されても自業自得だということじゃない。不条理で不都合なこの世の中でも、ごく稀に奇跡が起き、願いが叶えられ、祈りが報われることがある。ただし、相変わらず、不条理で不都合なかたちで……。まさに『猿の手』のように。
この”Dancing Queen”という曲は、祈りを抱えて飛び込んだがただ無惨に踏み躙られた、そんな彼女たちの「ディスコってのはこんな場所のはずなんだ」という夢や希望そっくりのかたちをしている。誰もが誰でもなくなることで誰かや何かになれる場所としての夜の街、煌びやかな光に彼女たちが描いていたものが、歌舞伎町には本当はなかったとしても、この曲の中にはある。何者かになることを夢見てディスコからディスコへと彷徨い、今日こそは今日こそはという想いを抱いては結局何も起きず何も起こせず、ただ居辛い日常へと帰っていき、次の週末こそはという希望で生きていく、そんな彼女たちの現実では叶えられようのない夢がこの曲では実現されてしまっている。未だかつてないほどの自己肯定感、未だかつてないほどの「居ても良い」感に打ち震える自分を夢見るその心と、その夢の末路を思ってしまう。
この曲を聴くと虚しくなる、悲しくなる、と上では表現したが、むしろ僕は「どう思ったらいいのか」さえ分からないのかもしれない。
挿絵は何年か前に同じくDancing Queenを訳し、似たような話をしたときに描いた絵。