苦になる音
音のあふれている都会と違って島は静かである。
耳をすませば、波の音、風のそよぎ、鳥、虫の鳴き声、などが聞こえてくる。
心地よい音だ。
特に耳ざわりになるような音はない。
車も騒音になるほど通らない。
苦になる音は、チェンソー、草刈機だ。
近くにいれば、耐えられないほどうるさい。
特にチェンソーの音は恐怖さえ覚える。
農家の人にとってはありがたい道具なのだが。
タンカンなどの剪定作業では必ず横で音がしているし、防風林の手入れはチェンソーが必需品である。
逃げ出したくなるような音だ。
遠くから聞こえる音なら、それに枯木ならまだしも、生木が切られるのは痛々しさもある。
実家は賑やかな県道沿いにあったので、今思えば相当な車の騒音だったはずだが、慣れきっていたのだろう。
苦にはならなかった。
しかしチェンソーの音は慣れることはないだろう。
もうひとつある、嵐の音だ。
今も、ビューンビューンと風の音が聞こえている。
期間限定だが、寿命が縮まるほどの音だ。
暴風域に入るのは夜からだが、今もストレス満杯である。
TVの中のおしゃべりやCMは、私にとって苦になる音になる。
アニメでは構わないのに、映画の日本語吹き替えも苦になる音だ。
音を楽しむ音楽もある。
私は読書と違って、音楽は日常に必要不可欠なものではないが、苦になることはない。
懐かしさや気分の高揚を助けてくれる音だ。
noteを始めた頃に「私の音楽歴史」という記事を書いた、よければ。
さまざまな音の中で暮らしてきた。
今でも苦になる音はあるが、現在の環境には満足している。
鳥の声で目覚められるのは感謝すべきことだ。
明朝は荒れ狂う風の音に目覚めるだろうが、これはどうしょうもない。
植物も台風は辛いだろう。
今日も読んでくださってありがとうございます。