島日記 思ひ草のこと
昨夜「こんなの見つけました!」と写真が送られてきた。
「あら、ナンバンギセルねー、よく見つけたね、ありがとう」
静かで変化のない日常を送っていても、何かしら出来事があるものだ。
noteの材料が飛び込んできてくれた。
島でも見つけた記憶がかすかにあった。
やっぱりあるのだとうれしくなり、庭のススキが原に完全武装して入ってみる。
残念ながらなかったので、写真の場所に行ってきた。
ナンバンギセル(南蛮煙管)は秋に咲く。
パイプ(キセル)のように見えるのでつけられた名だ。
イネ科、おもにススキの根っこに寄生する。
葉がないので光合成ができないから丈夫なススキの養分をもらう。
古くはナンバンギセルのことを思ひ草と呼んだ。
花を求めて山登りを始めた頃、登山口までの道のりに見かけてから、ススキを見るとおのずと根っこを見るようになる。
万葉集の読み人知らずのうたを知り、お気に入りになった。
「道の辺の尾花が下の思ひ草
今さらさらに何をか思はむ」読み人知らず
忍ぶ恋の、あなただけを想っています、余計なことは何も思わず一筋です、とひたむきな恋が主流の解釈のようだ。
しかし私は、ススキのもとにうつむいて咲く思ひ草のように、何を思い悩むことがあろうか、いやもう悩まないぞ、という解釈が好きだ。
リズムがあり、覚えやすい。
読み人知らずのいにしえびとに思いをはせながら口ずさんでみる。
和泉式部にも
「野辺見れば尾花が下の思ひ草 枯れゆく冬になりぞしにける」
の本歌取りのうたがあるが、これはあまり興がわかない。
ちなみに、忘れ草と名のつく草花もある。
今咲いているノカンゾウやヤブカンゾウのことだ。
秋はひそかに、人知れずやって来ている。
萩の中に曼珠沙華、桑の実も色づいていた。
暑さは衰えていないのに。
今日もお付き合いくださってありがとうございます。