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【掌編】真夜中のベランダはイヌの王国

 深夜一時、眠りに就く前に、アパートの掃き出し窓から細いベランダに出るのがイヌの何よりの楽しみである。

 残業して夜遅くに帰宅する飼い主をイヌはじっと大人しく待っている。

 帰宅した飼い主が、罪滅ぼしを兼ねて長い夜の散歩をして、夜食を食べ、片付けものなどをして風呂に入ると、あっという間に日付が変わっている。

 飼い主が部屋の電気を消す。

 滅多なことでは文句ひとつ言わぬイヌが、カーテンの前に端然と座る。

 前の飼い主に飼えなくなったから良かったら貰ってくれと目の前で言われて以来、自分から多くを求めることのないイヌが、振り向いて真っすぐな瞳で見つめる。

 飼い主がカーテンを開け放つと、夜風が部屋の中を満たす。

 アパートの壁と壁の隙間にある、夜の王国にイヌとともに足を踏み入れる。

 王国はひっそりと寝静まっている。

 侍従が夜警王を低く抱きかかえると、王はおもむろに謁見の間の手摺りに前足を掛ける。

 王は民草の寝息をひとつひとつ丹念に嗅ぎ分けるように、鼻面を天に掲げる。

 侍従は、王の背中のごわごわした毛並みに頬を当て、汗ばんだ肉球を手の平で支え、仔犬のような和毛に覆われた腹に腕を回して支える。

 王の耳が悠然と風に揺れる。

 深夜に似合わない、大荷物を背負った高校生が、自転車に乗ってアパートの前をふらふらと通り過ぎて行った。

 王と侍従は四つの眼でそれを見送る。

「見ているあいだに、気を付けて帰れ。夜警王が見渡す、夜の国は平和だぞ」

 腕が痺れを切らすころ、侍従が王の背をそっと三回叩いて、夜の謁見が終了する。

 カーテンを引いて、飼い主とイヌは、泥のように眠る。(終)

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守野麦
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