1ダースの恋 Vol.13
光君、お話したいことがあります。
良ければ、3日後の17時頃に
光君のお兄さんのお店でお時間頂けますか?
わかりました。
楽しい時間を過ごしましょうね!
陽にも伝えておきます。
ご期待に添えるかは分かりませんけど、
ひとまず、時間を合わせて下さり
有難う御座います。
それでは、宜しくお願いしますね。
こんなメールのやりとりをしてから
あっという間に3日は経ち約束の時間が
訪れようとしていた。
外は小雨が降っていて、
私は自分の傘を店先の傘立てに置きながら
お兄さんの店から延びる屋根の下で
光を待っていた。
店の中ではご飯を美味しそうに食べて
穏やかな表情を浮かべている
お客さんがいて、その奥では
カレンがお兄さんと
仲良さげに何やら話している。
一人では心細くて
かれんに付き添って貰いたくて
先に店に入って貰っているのだけど、
その雰囲気を少し羨ましく感じながらも
私は光に別れを告げるべく
お腹に力を入れて視線を店の外に戻した。
急ぎ足で沢山の人が通り過ぎる中、
透明な傘を片手に小走りでやってきた光。
「お待たせしました、亜美さん」と
軽く息を切らせながら
私のもとに駆け寄ってきた。
本当にわんちゃんみたい。
そんなことを思って私はふっと笑いながら
「来てくれて有難う。雨の中、ごめんね。」
そう声をかけた。
「ははっ。全然、大丈夫ですよ。
亜美さんに呼んでもらえるなら
俺、何処にでも行きますから。」と
傘を畳みながらにこやかに私に
光は笑いかけてくれる。
「ううん。謝った意味は、
それだけじゃないの。」
私は少し肩をすくめて光に話を続けた。
パチンと傘の留め具の閉まる音がして、
光の顔が微かに雲る。
「それって、どういう。。。」
息をのんで私の言葉を待つ光に
「ひとまず、中に入りましょう。」と
私は店のドアを開けた。
小さな鈴の音が鳴って
声をかけてくれるお兄さんに会釈をしつつ
私たちはReservedと書かれたテーブルを
挟んで対面に座る。
運ばれた2つのコーヒーから湯気が立ち、
私はひとまず一口舐めるようにして
コーヒーを口に含んだ。
ゆっくりと飲んで、
コーヒーの香ばしい香りが
喉元から鼻にかけて
通り抜けていく。
その香りに誘われるように
私の考えはまとまり
光に話を切り出した。
「光君はいつも真っすぐに
私に話をしてくれるから、
今日は私も真っすぐに私をするわね。
今日呼んだのは、光君に
お別れを告げるためなの。」
動揺を隠しきれないような声で光は
「あっ。やっぱり。俺じゃダメですか?」
と半笑いを浮かべていた。
ウジウジしていても
逆に光に失礼だと思った私は
背筋を正して、光を真っすぐに
見つめ言葉を続けた。
「私ね、律さんとお付き合い
させて貰おうって思っているの。
だから本当にごめんなさい。
でも私に好意を寄せてくれて
本当にありがとう。」
そう言って私は
テーブルに額がつくほどに頭を下げた。
「ちょっ!!亜美さん。
頭を上げて下さいよ!!」
慌てて私の頭を上げさせようとする
光の声に反応して私はゆっくりと
頭をあげて光を見つめる。
私の顔が上がったことに安堵して、その後
急に寂しそうな表情を浮かべる光。
「ごめんね。」もう一度私は謝っていた。
「何となく分かっていましたよ。
アイツには俺にないものがある。
俺はまだ若いし、その分経験不足で、
だから余裕もない。
それでも亜美さんへの気持ちは
負けない自信があったのに。。」
「うん。」と頷く私。
「でもダメですね。結局、亜美さんを
そんな顔にさせてしまうようでは。
あーぁ。どうしたら余裕って
出来るんですかね?」
困りながらも笑って話しかけてくれる光が
健気で申し訳ない気持ちになる。
だけど、ここは私の気持ちをきちんと
伝えるのが礼儀というものだ。
だから私は意を決して話すことに決めた。
「あのね。光君は十分に魅力的だよ。
まっすぐで私のオーラを褒めてくれて
凄く嬉しかった。
別に余裕云々とかは正直、
私にもよく分からないの。
ただね、前にも言ったと思うけど、
私は光君にどうしても
昔の彼を重ねてしまうの。それと同時に
今よりももっと弱くて、
伝えたい自分の言葉を
素直に伝えられなかった
過去の私を見てしまうの。
それは過去を求めていることになるし、
何より今、目の前にいてくれている
光君に対して失礼だと思うの。
光君が私に向けてくれる
真っすぐな気持ちと同じくらい
真っすぐな気持ちを私も
光君に向けられたら良かったのだけどね。
本当にごめんなさい。
でもその分、光君には
光君自身を求めてくれる人と
仲良くしてほしい。
心からそう想っているわ。」
それは 亜美の本心だった。
こんなにも 真っ直ぐに
自分を見詰めてくれる光なら
新しい想いを育てていけると 確信した。
いつまでも ズルズルと
引き摺ってしまうことだけは
してはならないと 亜美は
棘の刺さるような痛みを 伴いながら
考え抜いた。
(光君なら 大丈夫だから。)
声にしたわけではないけど
届いてくれたらと 願う。
真っ直ぐな瞳を
濁らせるような真似だけは
したくなかった。
「ははっ!!俺の力不足だったって
ことですかね!
いやぁ、でも何だか亜美さんに
こんだけ言葉をかけて貰えて
何だかちょっと嬉しい気分です。
俺と会っているときの亜美さんは
俺の向こうの誰かを見ていたし、
その誰かじゃなくて
俺を見て貰いたくて頑張ってたのも
事実ですから。
そうかそうか。分かりました。
一つちょっとした夢が今
出来ましたよ、俺!!」
その言葉は 亜美にとっての
『大誤算』だった。
光は 今『だけ』ではなくて
未来を 描いていることを 思い知らされた。
深く 蒼い想いが 消えてしまうことはない。
光に 諦める理由は
1つとして 見当たらなかった。
たとえ 今は あの
余裕かまし野郎が 選ばれたって
この先 チャンスを 作るのは
光自身なのだから。
そして 逃げずに 自分に立ち向かってくれた
亜美への愛情は 激しさを増すばかりで。
今までより もっと 自分らしく
亜美を包み込んでみせる。
光の意志は お店の間接照明よりも
輝きを放っていることを
光自身が 感じていた。
「亜美さん。このお店の名前
知ってますか?」
「えぇ。確かOur dreams kitchen
だったかしら?」
「そうです!
よく覚えてくれていましたね!!」
「俺の新しい夢を創ってくれて
有難う御座います!!」
「ふふ。夢?」と思わず問いかけた私に光は
「はい! どんな亜美さんでも
包み込めるような男になる夢が
出来ました。」と
大きい声で宣言をしていた。
そんな意気揚々とした光の声を受けて陽が
シーフードカレーとイチゴのパフェを
私達のテーブルに運んだ。
亜美は光にもう少し言葉をかけたいと
思いつつ、どんな言葉をかけようか
悩みながら、ひとまず
イチゴパフェを口に運んだ。