1ダースの恋 Vol.7
光は 3つ年下の 25歳で『流通関連』の仕事をしているらしい。
「着いた…ここが 俺の『居場所』だよ。」
「…『Our dreams kitchen』っていうんだ?」
「そこらへんは 注文してから 追い追いで。」
「お腹空いたし そうしようか。」
入り口のドアを 勢いよく 開ける 光。
「兄貴~! きたぞぉ!」
「自棄に 騒がしいなぁ…って お前
この綺麗な お姉さんは?」
「さっき 出会った!」
「それだけかよ?
まぁ いいや お好きなところに どうぞ。」
亜美と光は 向かい合うように テーブルを挟んだ。
「ここは 俺の実家なんだ。
さっきのは 兄の『高崎 陽(たかさき ひなた)』で
ここの シェフをしてくれてる。」
「そうなんだね…」
陽が メニューを持って こちらにきた。
「何にする?」
「決めたら また 呼ぶよ。」
「わかった。 ゆっくりな。」
軽い足取りで 厨房に戻っていった。
「はい。」
光は 亜美にも 見えるように メニューを広げた。
「悩むなぁ…じゃあ『シーフードカレー』と
『イチゴパフェ』にしようかな。」
「マジか…」
光が 驚きの表情をしていた。
「どうしたの?」
亜美は 何が引っ掛かったのか 気になってしまった。
「いやさ…俺が 兄貴の作る『シーフードカレー』が
1番 好きなんだよ! それを 知らないで 選ぶとは…
さすがだよ!」
なんか 褒められた。
よく分からないけど 光の笑顔につられて
笑顔になってしまう。
それから 陽さんの料理が 如何に美味しいのか
次々と 説明された。
正直 少し飽きてきた亜美は
一枚の写真を 見つけた。
「ねぇ…あの写真の人達は?」
「あぁ…あれは 俺達の おじいちゃんと おばあちゃん。
2年前に 他界したけどね。」
「そうだったんだ…なんか ごめんね。」
「俺達の両親は 10年前に 事故で亡くなってて
その後に 引き取って 成人するまで 面倒を見てくれたのが
おじいちゃんと おばあちゃんだった。」
光は 懐かしむように 過去を憂うように
静かに 教えてくれた。
その横顔が、「あの時」の樹を思い出させて
亜美は 光に話すべきか 悩んだ。
『光』が『樹』に 似ているということを。
しかし 亜美は 寸前のところで 言葉を 飲み込んだ。
一方的な感情を 押し付けてしまったら
今までと 変わらないと 思ったからだ。
「どうしたの? 食べないの?」
『シーフードカレー』と『イチゴパフェ』が
運ばれていたことに 全く 気付かないほどに
亜美の心は葛藤していた。
「食べよう 食べよう!」
狼狽した声で 誤魔化してみたものの
隠し切れずに 光に 訝しげな顔をさせてしまった。
長い時間ではなかったが お互いのことを
少しだけ 知り合えた。
「送るって 約束したから。」
光は カレンとの約束を きちんと 果たそうとしてくれた。
しかし、今は 1人に なりたかった。
「いいよ。 大丈夫だから。 1人で 考えたい。」
何かが亜美の心に引っかかっている。
亜美の様子をみて そう感じた光は
彼女の言葉を思い出していた。
”知り合いに似ていたから”
「もしかして、俺ってそんなにその
”知り合い”に似てる?」
光は亜美を俯かせてしまう その”知り合い”に
何だか憤りを勝手に感じて
ついつい質問を亜美にぶつけてしまった。
案の定 亜美は口ごもりながら
「ちょっとね。」と言葉を濁す。
亜美に自分を見てほしくて
光は思いのまま 気持ちを言葉にする。
「俺は、その人がどんな人か知らないけど、
亜美さんをそんな表情にはさせない自信はあるよ。」
少し幼くもその真っすぐな言葉に
どこか嬉しさを感じて
でも、直ぐには その気持ちに
応えてあげられそうにない 自分が申し訳なくて
亜美はただ「ありがとう。」と呟いた。
その少し困ったような亜美の表情は
光の顔に 月明かりの 翳りを誘う。
「わかった。 待ってるから。」
光の精一杯だったのだと 亜美は 感じ取っていた。
だから 振り向かないで 歩き始めた。
「亜美さん…」
見送る背中に 映るのは 光の想いなのかもしれない。
立ち止まる影と 動き始めた影が
時の経過を 明瞭にさせていた。