三浦春馬 tourist ツーリスト 人生の旅路
私は今、ドラマの舞台となっている東南アジアとは真逆の国に居て、光のない真冬はマイナス20度以下にもなる極寒の北の果てから、アジアの眩しい太陽の光と暑く湿った空気を夢見ている。
「tourist ツーリスト」は、国外へ出るのが難しい今だからこそ観たくなる、ロードムービーのような作品だ。
映像の中では、ひとっ飛びにどんな国へも行くことができる。
バンコク篇
天久 真は、ふらりと目の前に現れ、また何処かへ流れてゆく、根無し草のような男性だ。すでに人生に飽き焦燥感に駆られている野上さつきは、アジアの街の喧騒の中で、自分を変えてくれる何かを期待している。
春馬くんは、クールなようで温かく、何かを悟っているようで危うい、つかみどころのない真という役を、とても自然に演じている。
ビジュアル的な事でいうと、白シャツにジーンズという極シンプルな服装で、ここまでカッコいいってすごくないだろうか?無造作な髪に薄っすら伸びはじめた髭というラフさも、かえってナチュラルな色気を際立たせていている。上目づかいで探るような目つきにも、ドキッとする。
どこかにいそうで、どこにもいない旅人・春馬。ファンの間でも人気が高い役というのも頷ける。
腹を立て歩き去るさつきに真が、"ふり向くように念かけてた" なんて、あの人懐っこい笑顔で言われたら、そりゃ女性はみんな射抜かれる。
そこから一転、ホテルでさつきに"つまんない男"と言われると、急に豹変してさつきをベッドに押し倒しキス、心の奥を見透かすような鋭い眼差しで、
と迫る場面は、まるで別人のよう。真の闇が一瞬見えたようでドキドキする。
刺激がほしいんでしょ?と訪れた怪しい賭場、盗まれた筈の荷物が戻っていた民宿での、いい奴なのか本当は凄く悪い奴なのか分からない、暗闇の淵からジッとこちらを伺っているような、底知れぬ春馬くんの表情にもゾクッとした。やっぱりワル馬にシビれる私。
水掛け祭りの場面で、びしょ濡れになって子供みたいに無邪気にはしゃぎ合う二人、豪快に笑う春馬くんは、生き生きとした躍動感に溢れていて、だけどそう感じるほどに、現実にはもう彼はいないのだ…という感情の波が押し寄せて来る。
さつきのセリフは、今聞くと何とも言えない複雑な気持ちになる。
バンコク編は、生と死の匂いが漂い、光と闇が交差するような話だった。
死のう…と思って訪れたバンコクで、真と出会い、もう一度やってやる!と生まれ変わったように奮起し日本へ帰ってゆく、さつき。
”旅で出会った人の人生には深く関わらないの。別れが楽だから” と言っていたさつきに空港で再会し、ギュッと抱きしめられながら、”会えて良かった。ありがとう”と言われて、子供みたいに、うん、うん、と真が頷くラストシーンは、”一期一会”という言葉が浮かんだ。
互いに連絡先を交わすわけでもなく別れ、もう二度と会わないかもしれないのに、人生のふとした瞬間に思い出したりする…バンコク編の真は、そんな魅力のある風来坊だった。
個人的には、このバンコク編が一番好きだ。
台北篇
独身最後の女友達3人旅で訪れた台北で、エライザちゃん演じる、ホノカが初めて出会うシーンの春馬くんは、キザなセリフと強引さが、ちょっと「コンフィデンスマンJP」のジェシー入ってる(笑)。
真は冥婚から逃れるために恋人ごっこを提案。ホノカは、ちょっとマリッジブルーなのか、そんな時に春馬くんのような格好よくて、ちょっと危険な香りのする男性が現れて、映画「卒業」のワンシーンのように自分をさらって逃げてくれるなんて、ロマンチックで一時でも夢を見たくなるよね。
映像の雰囲気が、その昔観たウォン・カーウァイ監督の映画「恋する惑星」を思い出した。もしかしたらオマージュなのかもしれない。観たのがあまりにも昔で、ストーリーは、ほとんど覚えていないのだけれど…あの頃はよく香港や台湾の映画を観ていた。
ホーチミン篇
離婚調停中の夫と愛人を追いかけ、ホーチミンへやってきたカオル役の尾野真千子さんいわく、"終わりを迎えた出発" の物語。
三角関係で同じ男性を好きになるということは、女性同士も実は気が合う部分があり、お互いを一番分かり合えるのでは?という説もあるけれど、カオルと夫の愛人もこんな出会い方をしていなければ、いい友人になれたのかもしれない。
プロポーズされた時と同じ教会でカオルが夫に、”君とはもう無理だよ。今が耐えられない”と、愛人の目の前で別れを告げられる場面はキツい。恋愛時代の一番いい時期が頂点だとしたら、そこから後は緩やかに下がって低め安定でも良しとするのが結婚生活なのか…。
愛人は妻との思い出を全部消し去ってほしいと願い、カオルは夫と来た場所を真と一緒にまわり、記憶の上書きをしているかのよう。
真は、いつもカオルの話を頷きながら聞いてくれる。
ホーチミン篇での真は、女性にそっと寄り添っているような男性。
自分が慰めで情けなくて泣きながら街を彷徨う傷心のカオルを走って追いかけて、大丈夫?って優しく抱きしめて頭を撫でてくれる真と春馬くんが重なって見える。
そうなのだ、春馬くんはいつも、月の光のように淡く優しく女優たちを照らし、そっと見守っているかのように佇む俳優なのだ。
尾野真千子さんは真のことを、妖精っぽい、と言っていたけれど、いつもカオルを案じ、ここぞという時は救いの手を差し伸べる真は、騎士(ナイト)なのかもしれない。
Hykouのサウンドトラック
主題歌やBGMに使われていたHyukoh(ヒョゴ)の音楽は、ドラマにとてもフィットしていて、エモーショナルに視聴者の気持ちを盛り上げてくれる。
坊主頭のヴォーカル オ・ヒョクのメロウで少しハスキーな歌声もとても魅力的で、韓国語のメロディへの乗せ方もカッコいい。
いろいろ他の曲も聴いてみて、Hyukohの音楽性にとても惹かれた。
個人的にも長年好きな70年代ソウル/R&Bやジャズファンクの影響を感じさせるサウンドとグルーヴ感が心地良く、自分が若かりし頃よく聞いていたUKロックやネオアコのようなテイストも感じられる作曲センス。
Spotifyですっかりヘビロテして聞いている。Hyukohの曲を聞くと、脳内にツーリストの各場面が浮かんで来るまでになった。
人生の旅路
この作品では、三者三様の女性達に呼応するかのように、真を演じる春馬くんもその時々で様々な顔を見せてくれる。
女性達はラスト、皆んな現実の生活に戻ってゆき、それぞれの新たな人生に踏み出してゆく。その潔い強さも印象に残る作品だった。
観終えた後、アジアの空港に降り立った時の、ヨーロッパの乾いた空気とは違う、あの懐かしい、湿り気を含んだ空気と太陽の匂いが、私の中を吹き抜けていった。
”出会いは運命だとオレは思う。今日出会えたことも、次にいつ会えるのかも”
真のセリフが心に響く。
この地球上に生きる何十億人という人間の中で、人生で出会う人の数は、ほんの一握りだ。出会うということ自体が偶然ではなくて、すでに決まっていた必然なのだと、私も常々思っている。
それがたとえ映像の中だけだったとしても、この世にいなくなってから知った人でも、一生忘れられない記憶に残る存在になったのなら、春馬くん、私はあなたとも出会えたのだと思っているよ。
まだこれからも旅を続けるという真。
風のように去った春馬くん。
彼らは今もまだどこかの国で、終わりのない旅を続けているのかもしれない。
そしていつか、どこかの空港で、あの、くしゃっとした笑顔の眩しい人と、すれ違うのじゃないか…?
そんな事を本気で思っている自分がいる。
“みんなが模索しながら生きているということ、人生は答えのない旅のようなものだから”
さ、また旅に出ましょうか。