見出し画像

あなただけがいない夏

私の住む海沿いの街は群島に囲まれている。
街の中心部からフェリーで10~30分も行けば大小様々な島に辿り着く。

息子はすでに6月の頭から夏休みに入り、友達は皆んなサマーハウスや田舎の祖父母の家などに行ってしまった。遊び相手もなく毎日ゲームばかりして時間をもてあましている息子を外へ連れ出すために、一緒にフェリーに乗船する。

このところの暑さで、涼を求めて島へ行く人々や自転車や連れの犬たちなどで船は満杯だ。甲板に立ち海風に吹かれていると、あなたに背格好がそっくりの白いTシャツにジーンズ、リュックを背負った若者を見かけて、ハッとする。
あの日から、街角や国際列車の駅のホームやフェリー乗り場などでバックパッカーの若者を見かけると、どこにでもあなたの姿を探してしまう。こんな所にいるはずもないのに。
フェリーは静かに島々の横を通り過ぎ航行してゆく。
青い空と青い海が混ざり合って、どこまでも伸びている。
島に上陸し、ジリジリと太陽に焼かれ鬱蒼とした緑に囲まれた砂利道を歩きながら、高台ですれ違う人を振り返って見たり、また無意識にあなたに似た人を探してしまう。

一年前のあの日、私はサマーハウスの目の前にある湖で、能天気にボートを漕いでいた。何も知らずに。
もしあの日に戻れたとして、私に何が出来るだろう。
たぶん何も出来るはずがないだろう。
自分の無力さに、時の無常さに、ただ涙することしか出来ない、ちっぽけな自分に絶望する。

あなたとそう年の違わない男女のグループが、私の横で歓声をあげながら、次々と岩場から海に飛び込んでゆく。
水しぶきを上げ陽気な笑い声が海辺に響く。
短くも美しい夏を皆んなが享受している。
あなたも、あの日、陰鬱な時間を乗り越えていたなら、今もこの夏空の下、笑っていられたのかもしれない。
生命のエネルギーが溢れているこの世界に、あなただけがいないことが、不思議で不条理で未だに受け入れることが出来ない。

あなたを想う私たちの、この気持ちの行き着く先はどこなのか。
未だ分かりようがない、寄る辺のない私たち。



いただいたサポートは、日本のドラマや映画観賞のための費用に役立てさせていただきます。