
【北海道時間.jp】第17回:地獄への扉を開いて ~ 登別温泉地獄谷紀行
登別温泉地獄谷に足を踏み入れると、まず鼻を突く硫黄の香りが漂い、その強烈な印象が心に深く残ります。その香りは、まるで大地自体が息をしているかのようで、遠い昔から続く火山活動の証として感じられます。遊歩道を進むと、幻想的な風景が広がり、あたかも異界へと誘われるかのような感覚に包まれました。赤茶けた岩肌からもうもうと立ち上る白煙や、グツグツと煮えたぎる温泉が大地の奥からの恵みを伝えており、北海道の澄んだ冬空の下で、冷たい空気と温もりの対比が大地の息吹を実感させてくれます。

登別地獄谷は、約8,000年前から水蒸気噴火を繰り返し、爆裂火口群として形成された歴史を持っていると知れば、そのスケールの大きさに圧倒されずにはいられません。直径450メートル、面積約11ヘクタールという広大な規模は、甲子園球場3個分にも匹敵するという話もあり、自然が生み出す圧倒的な力強さを感じます。

ビジターセンターを後にし、整備された遊歩道を歩き始めると、木々の隙間から一望できる壮大な谷の景観が目の前に広がります。目に映る風景は、まさに「地獄」と呼ぶにふさわしい荒々しさと美しさを兼ね備えており、思わず見とれてしまいます。むき出しの黄灰色の岩肌から勢いよく湧き出る温泉は、温度が約50度から98度に達するとされ、自然の力強さを改めて感じさせてくれます。また、時折見せる柔らかな温もりが、心に深い印象を与えてくれます。

散策中、足元に散らばる立入禁止の看板に目を留めると、この場所がいかに生々しい自然現象の現場であるかがはっきりと伝わってきます。活火山「俱多楽」の西麓に位置するこの火山地帯は、2015年以降、噴火警戒レベルの運用が開始され、自然の厳しさと美しさが共存する独特の緊張感が漂っています。歩を進めるたび、火山が生み出す大地の力が直接肌に伝わってくるように感じられました。
散策のハイライトともいえる鉄泉池は、実は小さな間欠泉で、一定の周期で温泉が噴出する仕組みになっています。激しい噴出ではなく、数分間隔で静かに活動するため、少し立ち止まってその変化をじっくりと楽しむことができました。噴気活動がない時は、温泉が小さな池のような姿を見せ、徐々に沸騰していく様子とともにあぶくが立ち昇るのが観察されました。ピーク時には湯煙が立ち上がり、グツグツと煮えたぎる光景が、まるで鬼が地獄の釜で罪人を裁いているかのように感じられ、その迫力に圧倒される瞬間もありました。立ち上る湯気と温泉の勢いから、自然のダイナミズムを強く実感いたしました。


その迫力を間近で目にすると、まるで地球の鼓動を直に感じるかのようで、言葉では言い表しきれない感動が心に広がります。何度見ても飽きることのないこの光景は、自然が繰り広げる壮大なドラマそのものであると感じずにはいられません。

また、この地獄のような荒々しさと美しさが融合した景観が、実は登別温泉の源泉であることを知ると、1日に約1万トンもの温泉が自然に湧出し、ドラム缶換算で約5万本分にも相当する膨大な量が大地からの恵みとして実感されます。泉質が9種類にも及ぶため、地元では「温泉のデパート」と呼ばれており、その多様性がもたらす癒しと安らぎに心を打たれます。

さらに、この地には『湯鬼神(ゆきじん)』と呼ばれる温泉の守り神が祀られていることが確認されております。古くから、この地に棲む鬼たちが温泉を守護し、温泉街の平和と繁栄を支えてきたという伝承があり、その歴史の重みを感じさせます。温泉街各所に見られる鬼のモチーフは、単なる装飾を超えて地域の歴史と伝統、そして誇りを象徴していると捉えられます。赤鬼や青鬼の巨大なオブジェはフォトスポットとして人気を博しており、SNSでも話題になるなど、その魅力に引き込まれる瞬間が何度もありました。夏季に開催される迫力満点の花火大会『鬼花火』では、夜空を彩る花火とともに鬼たちの神秘的な姿が浮かび上がり、地域全体が祭りの熱気に包まれるのを感じることができました。

登別地獄谷は、その独自の自然美と歴史的価値から北海道遺産に選定され、『かおり風景100選』や『日本紅葉の名所100選』にも名を連ね、国内外から高い評価を受けております。特に秋には、燃えるような紅葉と地獄めいた荒涼とした風景が織りなすコントラストに魅了され、写真愛好家や観光客にとって絶好の撮影スポットとなっています。四季折々の表情を見せる登別地獄谷を訪れるたびに、新たな発見と感動が心に残ります。

散策路を歩きながらふと足を止め、周囲を見渡すと、過去と現在が重なり合う不思議な空気を感じます。古代の火山活動を物語る岩肌や、長い年月をかけて流れ出す温泉の軌跡が、自然の偉大さと人間の営みの儚さを同時に呼び覚ましてくれるのです。時折、噴き上がる温泉の勢いに心を奪われながら、大地の歴史と生命の息吹に思いを馳せるひとときがありました。

帰り際、再び濃厚な硫黄の香りを胸いっぱいに吸い込むと、どこか不思議な安堵感が心を包み込みました。火山の力で生み出された温泉が、何千年もの時を経て人々に癒しと活力を与え続ける大地からの贈り物であることを改めて実感。夕日が傾き、温泉街へと戻る足取りがしっとりとした温もりに包まれる中、湯けむり漂う街並みと、鬼たちが守護する温泉がまるで天国への入口のように感じられる瞬間がありました。

散策では、異界の風景が目に映り、大地の轟音が耳に届くとともに、温もりを実感する貴重な体験ができました。心に深く刻まれたその体験は、忘れがたい思い出として残っています。登別地獄谷は、単なる観光名所にとどまらず、地球の奥深い鼓動を感じさせる特別な場所として、自然が人間に与える無限のインスピレーションを実感させてくれました。

明日には、近隣にそびえる有珠山や昭和新山など、北海道ならではの火山観光をさらに堪能する予定です。これらの雄大な火山群が織りなす風景もまた、登別地獄谷同様、地球が創り出す壮大な自然の芸術作品であり、忘れがたい体験を約束してくれると感じています。大地の造形美と自然の力強さを全身で感じながら、広大な北海道の大地に心から酔いしれるひとときになることでしょう。

登別地獄谷は、火山の荒々しさと温泉の優しい恵みが見事に融合し、地球の息吹を直に感じさせる場所。そこでの体験は、自然の神秘と人間の営みが交錯する物語を紡ぎ出し、神秘的な景観と古来から伝わる伝説の余韻に触れることで、心に残る旅の一ページとなりました。