駐車場ソムリエ2 石油王編
駐車場ソムリエとしてデビューした母は、新しい人生を謳歌しているようだ。
彼女は、駐車場で自分の車を見失った多くの迷える人たちを彼らの車へと導き、順調にキャリアを積んでいった。
その噂は海を飛び越え、ついにこの前、アラブの石油王からオファーをもらった。
彼が来日した際、母はその観光に付き合ったのだ。
リムジンだかベンツだか知らないが、とにかく目立つ車だから、ソムリエする必要はなさそうに思う。
だがそんなのは素人考えだ。
例えば高速のサービスエリア、それから同じ車が多い大使館や高級ホテル、都内の立体駐車場。
車を見失う可能性なんて無限にある。
駐車場ソムリエの活躍の場など、ぺんぺん草みたいにどこにでも転がっているのだ。
その買い物の最中でこんなことを言われた。
「例えば車が盗まれたとしたら、あなたは見つけ出すことができるか?」
見方によっては意地悪な質問だが、石油王の顔を見る限り、純粋な母の能力に対する質問のようだった。
「そういう場合は警察に通報することになると思います」
やんわりと母はそう言った。
「そうじゃないんだ。私はあなたの能力の本質を知りたいんだ」
「それはどうしてです?」
「好奇心さ」
金持ちの好奇心の怖さを母は知っている。
この仕事に就いて、たまにお客さん(特に外国人客)に問われるのだ。
どうしてこんなにすぐ車を見つけられるのか、駐車場に細工してあるのか。
これは駐車場ソムリエにとって、マジシャンにマジックの種を明かせと言うようなものだ。
「どうしてもそれが知りたいのであれば、あなたもソムリエになってみてはいかがです?」
「そうか。うん。あなたの言うとおりだ。失礼、マダム」
仕事の方はそれで終わったが、後日駐車場ソムリエ協会を通して、石油王から母に講師の依頼が来た。
「ええ、確かに私はハキームに、ソムリエになられてはと言いました」
電話口で母が協会と話している。
「でも、私がそちらへ行って直接お教えするなんて。話が飛躍しすぎです。第一私じゃなくてもいいでしょう」
だがだめらしい。
機嫌を損ねては、国際問題に発展しかねない。
報酬は破格のものだ。だが、母はアラブに行くその直前までお金の話題は一切しなかった。
協会の方も、これを受けたら一級駐車場ソムリエの資格を与えるといったが、まったく関心はないようだった。
でも結局、母は旅立ってしまった。
滞在は一か月を予定している。
僕には母の成功を願うしかない。