大福
みかんの店の商品が怪盗に狙われているらしい。
なんでも彼女が、自分で作った大福に一億円の値をつけた翌日、予告状がポストに入っていたのだそうだ。
「自分の店の物にいくら値を付けようが知ったこっちゃないが、生もの売るのって、食品衛生管理みたいな免許いるんじゃなかったっけ?」
「調べてくれ」
一億円の大福をもりもり食べながら彼女は言う。
「食べていいのかよ」
「作るからいい」
「売れるの?」
「3万に値切られたから断った」
いや売れよ。
「そんなことよりこれだ」
と言って、需要の紙と一緒に置いてあったコピー用紙を指差す。
確かに予告状とある。
『あさって、一億円の大福をいただきに上がります。お茶はいくらです?』
「私にはこれは大福の予約に見えるが?」
だまって待ってれば一億円もらえるんじゃない?
「いや、そう見せかけた怪盗だ」
「どうして?」
「盗みに成功すれば、時価一億円を盗んだ怪盗になる」
ああ、箔がつくというわけか。怪盗世界にも履歴書があるのか。
「どうするの?」
「あさって来てくれ」
「仕事なんだが」
みかんは黙って一億円の大福を私に差し出す。
複雑な気持ちになったが、受け取ることにした。
もちろん仕事は休まなかった。外回りの合間に覗きに行った。
すまんみかん。一億円で私を動かせる時間は、これくらいなのだ。
需要の棚に、大福が山と乗っていた。
くやしいがうまそう。
何個か欠けたところがある。みかんが食べているからだろう。
店の様子から、怪盗はまだ来てないらしい。
10分くらいいて、結局来なかったので仕事に戻った。
たぶん、夜にくるだろうということだ。
確かに怪盗は夜だろう。
仕事終わり、近くで天ぷらを食べ、和菓子屋で買った大福を食べながらみかんの店に向かった。
すると、みかんが横幅の広い男と話しているのが見えた。
40代くらいの頭を丸刈りにした男で、店の外にはロープに繋がれた柴犬がいる。
犬は通行人にうるんだ瞳を向けている。
2人は何やらやりとりをしていた。
それから男の手が、おもむろに大福に伸びる。
一つ掴んで、そのまま懐へ。
みかんは動かない。
そのまま男は店を出る。柴犬のロープを持って、行ってしまった。
「今の人は?」
「怪盗だ」
コーヒーを飲みながらみかんは言った。
「何話してたの?」
「大福はやると言ったが、盗みたいというから、好きにしろと言ったんだ」
「意味が分からないんだけど」
「だから、あいつは怪盗になりたいんだ。そして今、一億円のものを盗んだ」
「え?? それって」
みかんはうなづく。「そう言っただろ」
箔? 箔なの?
まあ確かに今一億円の物が盗まれた。
私はその大事件を偶然目にした歴史の証人になった。
「警察に言うとぞと言ったが、言ってもいいらしい」
でもみかんは通報しなかった。さすがに一億円の大福を盗まれたと警察に駆け込むのは、恥ずかしいらしい。
変に警察に目を付けられるのも困るとのことだ。
そういう気持ちがこいつにもあったんだと、私はそのことがあって初めて知った。