村上春樹が心の中に住んでるんです。
今日も彼女は僕の家のソファに座っている。
ふと彼女が言う。
「映画見ましょ。素敵なの借りてきたの。」
真っ赤なカバンから出てきたタイトルに僕はふっとためいきをつく。
「またそれかい。先週も見たじゃないか。」
彼女は僕の言葉なんて気にせずにDVDをセットする。
「いいじゃない。好きなのよ。特にジャックが時計台のある階段の上にいて、ローズをパーティーに誘うシーン。あと、お母さんがベッドの上で子供たちにハッピーエンドのお話を聞かせるシーンもいいわよね。」
彼女は僕の意見なんて聞きやしないのだ。
といいつつ、僕もその映画は嫌いじゃない。ただ少し長すぎるのだ。今から見ると日付が変わってしまう。
「ねえ、コーヒー入れてちょうだいよ。あとクッキーあったわよね?」
彼女は僕の部屋のキッチンに何があるかを全て把握している。なのに自分では何も準備しないのだから困ったものだ。
「早く。始まるわよ。」
彼女は静かに泣く。いつも同じシーンで泣く。
最後は子供みたいにわんわん泣く。
とにかく泣くのだ。壊れた蛇口みたいに。
「私にはあなたがいてくれるから。あなたがいなかったらこんなの悲しすぎて見てられないわよ。」
彼女は、僕が彼女の側からいなくなるなんてこと想像もしていないみたいだ。
まあ、離れる気は無いのだけれど。
「僕がジャックだったら、絶対に君に手を離させることなんてしないよ。」
彼女は泣いていたのが嘘みたいにくすくす笑う。そしてクッキーの美味しさに今頃感動している。
僕は彼女が気になって映画なんてまともに見ていなかった。
来週また彼女がタイタニックを見たいと言っても付き合えるので、そんなに悪くもないと思うのだけれど。
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