
【自己紹介】 はじめまして! もりもり です
こんにちは。
小学校の先生で2人のパパでもある もりもりです。
今回は、自己紹介をしていきます。
「もりもり」ってどんな人?
ブログでどんな事を発信しているの?
この辺をお伝えしたいと思います。
ぜひ最後までご覧ください。
「放課後の職員室」というコミュニティを運営しています。先生たちが職員室で笑い合ったり、真剣に語り合ったりする温かいコミュニティを目指して活動しています。
このブログ『放課後の職員室』は、
若い先生たちを応援したい
授業の内容や子どもとの関わり方のアイディアを共有したい!
ブログでの発信を通して、先生、教育、子育ての楽しさを伝えていきたいと思っています。
もりもりってどんな人
【基本情報】
年齢:30代後半(昭和生まれ)
出身:岩手県出身
家族構成:妻と娘2人(小学生と保育園児)
趣味:朝活、ランニング、読書、料理、学ぶこと
性格:好奇心旺盛、飽き性、せっかち、楽観的と思っている
MBTI診断:建築家
授業や学校、子育てに関することを発信している現在30代後半の普通のパパ先生です。朝活が趣味で、朝4〜5時頃に起床し、読書をしたり、ブログを書いたり、授業の準備をしたり、ランニングをしたりしています。子どもが生まれてから始めた朝活で毎日ひとり時間を満喫しております。好奇心旺盛で何事にも挑戦したいタイプです。しかし、MBTI診断で「建築家」と出ているように意外と慎重で頭の中でシミュレーションを何度も繰り返すようなビビリな一面もあります。
【先生としての基本情報】
経験年数:10年目以上
勤務地:初任から7年間 神奈川県
現在は、東北地方
担当学年:23456年生、理科担当、書写担当、少人数担当
専門:体育、特別活動
先生として働き始め、10年以上が経ちました。神奈川県で採用していただき、たくさんの経験を経て、地元の東北へ帰ってきました。これまでに1年生と支援級以外の全ての学年を受け持ってきました。低学年の可愛さも、高学年の頼もしさも両方魅力的だなと思っています。「置かれた場所で咲きなさい」をもっとうに様々な分掌を担当させていただきました。体育主任や特別活動主任の期間が長く、研究をしたこともありましたので、専門は体育と特別活動です。子どもたちには、学校で友達や先生、地域の方など人との関わりを通して大きく成長してほしいと思っています。
生い立ち
優等生を目指した少年時代
東北地方の周りは田んぼが多い地域岩手県で少年時代を過ごしました。兄、妹、12歳年の離れた弟の4人兄弟の次男として育ち、兄の真似はしないように、妹と兄が喧嘩しすぎないようにと、謎のバランスを取りながら少年時代を送っていました。
兄とは、今でも仲がいいのですが、幼い頃は負けたくない一心?なのか、個性の勘違い?か、兄と違うものを選んでいた印象があります。
兄→カレーが好き 私→ハヤシライスが好き
兄→ピッチャー 私→キャッチャー
兄がゲームをしているのを隣で見ているのが好きだったり、進学先は兄と違う高校を選んだり常に意識していました。両親に「いい子」と思われたかったのか、優等生を目指していました。手のかからないいい子って親は喜びますよね!?少年時代のもりパパは、完全に雰囲気「いい子」でした。
小学校時代に児童会長を経験したり、野球チームのキャプテン、中学校に入ってからもリーダーになることが多かったように思います。周りの空気を読みながら、怒られないように上手に立ち回っていたのかなと思います。
この時期にひねくれる気持ち、いい子になろうとする気持ちを経験しました。面倒をみること、教えることが好きになったのもこの時期でした。
自分が何をしたいか分からない青年期
兄とは違う高校に進学した私は、これまでずっと続けてきた野球に没頭します。うまくなりたい、勝ちたいとは思っていたものの全力を出していなくても、なんとなくうまく行っていたような…レギュラーにはなれたものの、「器用貧乏」。なんでもできるけど、なんにも中身がないと感じるようになります。
高校3年生で将来を考えたとき、正直「自分が何をしたいのか」わかりませんでした。現在の『小学校の先生』になろうとも思っていませんでした。「起業して自分のビジネスを作りたい!」
「海外青年協力隊に参加して、人を助けたい!」とも思っていました。
受験勉強を一生懸命やり始めた矢先、推薦入試で「とある公立大学」に拾っていただきました。大学生活も多くの友人に恵まれて楽しく送ることができましたが、「自分が何をしたいのか?」を明確に持つことができませんでした。
将来の夢は?どんな仕事をしたい?結婚は?なんのために生きているの?
考え始めると、「わ〜〜〜」わかんないってなって、考えることから逃げていました。アイデンティティの確立がされないまま、なんとな〜く大人と呼ばれるようになりました。
将来の夢を持てない気持ち、やりたいことが分からない気持ちを経験したのは、この時期です。
こんな私が先生に、、、
大学卒業後、周りの友達が教員採用試験の勉強をしている中、「みんなと一緒が嫌だ」「教員ではなく、社会に出てみたい」と、就職活動を始めました。この歳でもひねくれようとしています。今考えると、教師としての働き方に不安を感じ、逃げていたんだと思います。子供は好きだけど、「我が子より、クラスの子を優先してしまったらどうしよう」「我が子を愛することが出来るのか?」と、悩んでいました。
一般企業に営業職として就職することが出来ましたが、自社の商品を販売することが、お客様のためになっていないと感じてしまい、数ヶ月で辞めてしまいました。今思い出すと、営業職の魅力を感じる前に投げ出してしまって、もったいなかったと思います。当時の上司には、申し訳ないことをしました。
そして、ようやく教師という仕事を始めることにしましたが、本採用まで2年もかかるほど優秀ではありません。特に学力のほうが(笑)面接になったら、受かる自信はありましたが、学力が低く面接までこぎつけるのに2年もかかりました。
私は、教員になりたくて大学時代からバリバリ研究をしたり、教育法に詳しかったりする、いわゆる「成績優秀な先生」ではありません。しかし、子供が大好きで子供のいいところに目を向ける先生です。問題行動がある子供でも、「問題児」というレッテルは絶対にはりません。「行動」に問題があるだけで、子供自身に問題はありません。何を考えているのかを聞き、一緒に考えることで寄り添ってきました。
また、 「我が子>学級の子」を常に意識しています。二人の娘の出産にも立ち会えましたし、学校の行事などにも参加できています。それも当時、悩んだおかげかなと思います。クラスの子の成長も楽しみですが、我が子にはかないません。学校行事も我が子を優先しますし、毎日定時退勤を心がけています。
こんな私ですが、 実践を紹介したり、子どもとの関わりを発信することで少しでも先生方の役に立てたら嬉しいです。
これからよろしくお願いします!