ドモリ
大須の骨董市で紙モノで面白いのがないかと探していたら、「コレどうっすか?」と勧めて頂いたものに脳みそをカチ割られる。
東京正音研究所なる謎の団体から発行された月報で、内容を見ると内海養内先生が開発したという「正音機」を使うことでドモリを克服した使用者の喜びの声が掲載されている。正音機は下腹部に着ける機械らしく、ドモリの根元となる横隔膜運動が、正しい動きになり、恐怖心が去り治るという仕組みらしい。(今、何かと話題の呼吸の改善がドモリに効くらしい)
という私も昔っから、早口とドモリの二重苦で苦しんできたので、全国でドモリで苦しんでいる人の声がとても良くわかる。ドモリのキッカケを書いている人もいて、子供の時にドモっている人を真似していたら伝染してしまったという人もいた。一人だけでなく、複数名の方が書いていたので伝染するということは良くあったのだろう。ドモリを気にすると、言葉が出てこなくなるから恐怖心がドモリを加速するという体験は良くわかる。大学の時にコンビニでバイトをしていたのだが、ドモリも出ずに割と上手くやっていて、バイトリーダーを任されるようになった。おでんの時期になると、「ご一緒におでんはいかがですかー?」とセールストークも軽快にやっていたある日、ドモリが再発してしまった。コンビニバイトで死ぬほど言ってきた「いらっしゃいませ。こんばんわー」という機械的な挨拶が言えなくなってしまったのだ。その他の言葉は言えるのに、最初の言葉が出ないのである。月報に出てくる軍隊生活の方の言葉が染みる。
昨年の十二月より伍長勤務に進級し時々は班長代理をするようになりました。所がどもりは急に多くなって、注意をして言はんとすればする程吃って、上官より罵倒され、幾たび死を決したか分かりませんでした。
コンビニバイトで死を決することはなかったが、そんくらい深刻で他のバイトの後輩も気付いているだろうなぁと考えていた。幸いこの時の私は「いらっしゃいませ。こんばんはー」以外の言葉はドモることなく言えたので、代わりの似た言葉を探した。もともと、言っていた「いらっしゃいませ。こんばんはー」も八百屋式と言いますか、かなり崩していたので、似た言葉ならイケると踏んだのだ。
色々と試して、最終的に落ち着いたのが、「すみません。こんばんわー 」だった。はっきりと「すみません」と言ってしまうとあっさりバレてしまうので、そこは工夫を加えた。最初の「す」を発する時に「い」を加えて「すぃ」にして「すぃーませー。こんばんわー」という掛け声のままバイト生活を完走した。送別会の時だったか、後輩に「先輩のいらっしゃいませの掛け声独特でしたよね」と指摘されて、「実は、言い過ぎて言えなくなったから代わりに、すみませーん。と言ってたんよ」と伝えたら、無茶苦茶ウケていた。
そんなこんなで、思い入れのあるドモリをTシャツにしてみた。フォントは月報のモノを拝借。
まだ、プリントしていなくてイメージ図なんだがとてもいい。
正音機は使わなかったが、ドモリと向き合った当時を思い出すことができる。一見するとドモリを馬鹿にしてんじゃないか?と何かと叱られそうなスパイシーな文字だが、自分で自分を刺しにいってる感じで見た目以上に念がこもった一枚になると思っている。ところで、正音って業界用語なんだろうか。辞書で引いても「正しい音」以外の意味がわからなかった。