終末予言は信じたくないが現実味を帯びたら…。
終末予言と言えば多くの人が「ノストラダムスの大予言」を思い出すのではないだろうか。しかし、すっかり騙されたとか、「アホらし…」と思っていたとか、人それぞれのような気もする。人類滅亡とか終末がやってくるとか人々の恐怖を煽っていたようにも思う。
筆者もバカバカしいと思いながらもそうなったら怖いな…と思っていた。天理教の場合、天保9年の立教以来、神の社として口のない神が人間の体を社として借り受け、神の言葉を伝えていたという話がいくつも出てくる。天啓を受けた者というか、私が調べただけでもかなりある。しかし、天理教では教祖中山みきと本席飯降伊蔵以外は、そういったことは一切、異端として取り合わず、信者にも知らされず、教団の正当性を守るためにも一切タブーになっている面もあるようだ。
これについてはまた次の機会に譲るとして今、とても気になっているのは須藤花井の『月よりの神言』だ。初めて聞くという人も多いかもしれないが、天理教を研究している人や一部の信者さんの中には実際に会って話していた人もいるから、知られている存在だ。手元に一冊あるが、今はネットでも読めるようだ。興味ある方は読んでみてはと思う。ただし、荒唐無稽な話だとか、そんな馬鹿な…となるか、一理あるなと思うかは読者それぞれの判断かと思う。
「月よりの神言」
http://moon-message.jp/japanese.html
私が気になると言ったのは須藤花井さんという人物に実際に神が入りこんで、その口を通していろいろなことを告げていた事実があるということだ。天理教系でいえば昔から神の言葉を伝えたことがある人物と言えば教祖中山みき、娘のこかん、飯降伊蔵、ナライト、飯田岩次郎(大道教)、茨木基敬(本部員)、井出くに(朝日神社)と出てくるが、昭和以降の最近のものでは、やはり須藤花井、大徳寺などが挙げられる。資料になるものをとにかく集め、研究していたが、どうも「神」というものは口がない。それでこれぞと認めた人に移り、口を借りて神の言葉を取り次いでいたのかと思える。
つまり、神が完全に乗り移り、「神そのもの」になったのではないということだ。誤解や間違いを恐れずに言わせてもらえれば、上記に挙げた人々は体はもちろん生身の人間であり、神の言葉を伝えただけで、生きている間は「人間」だったということだ。ただ天理教では二代真柱の時代に稿本教祖伝が出て、いざなみのみことの魂を持って生まれ、立教以来、神になったというように教えられているからか、後の他の天啓者とは分けて考えられているように思う。しかし筆者はそうは思わない。このことについては長くなるので、また別の機会に譲る。
本題に戻るが、数々の予言や見抜き見通しの力というか不思議な能力もあったという須藤花井さんが残した予言で数年前に読んだときは、そんな恐ろしいことになったら大変だというくらいの思いだったのが、この新型コロナに引き続き、ウクライナ侵攻が始まり、あわや第三次世界大戦、核戦争と現実味を帯びた現在、やはり「まさか…」と感じずにはいられない。先に断っておくが、恐怖を煽るつもりもなければ、オカルト大好き輩でもない。
読んでみてわかると思うが、本当に世直しの時期が人類には来ていて、いい加減にしないと本当に陸地も全人口も今の三分の一になってしまうぞと訴えているような気がしてならない。もう手遅れで一度、そうなって、そこからまた一からやり直すということになるのだろうか。焼野原でまた一から始めないと新しい世界はスタートできないのだろうか。まだ間に合うような気はするのだが、覚悟だけはしておいた方がいいのかとも思うこの頃だ。
私は教祖中山みきが残した教えは本物であり、本当に人が生きていく上での道しるべであり、間違いのないものだと思っている。
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