[いただきました] 秋野晶二ほか編『グローバル化とイノベーションの経営学』(税務経理協会)
秋野晶二・關智一・坂本義和・山中伸彦・井口知栄・荒川将志編『グローバル化とイノベーションの経営学――開かれた市場と企業組織による調整』(税務経理協会)をいただきました。ありがとうございました。
サブタイトルにあるように「開かれた市場」が深化しているにもかかわらず、「企業組織による調整」はかならずしも衰えていません。本書の一貫した問題関心はこの点にあります。序章「成長様式の転換と市場における調整」(秋野晶二)はこの点についてこう述べます。
「そこで本書では、現状を考察するに当たって『市場による調整』か『管理による調整』かという2分法ではなく、ある特定の主導的企業によって企業間関係が組織され、また市場における取引が調整されているという『市場における調整』がなされているという視角から、企業による外部の活用や企業間取引を考察する」(5ページ)
この点は第2章の「企業成長様式とその変化」(坂本義和)でも敷衍されており、C・セーブル(C. Sable)/J・ザイトリン(J. Zeitlin)、塩見治人、安部悦生、名和隆央などの研究を踏まえて「(ラングロワらの『消えゆく手』仮説に代表される)市場による調整が主流にはなっていない」(36ページ)と整理されます。そして、以下のようにまとめられます。
「それは企業間関係そのものが調整役となるのではなく、企業間関係においても調整役となる企業が存在する場合があるとみる。例えばビジネス・エコシステムでは、エコシステム全体の興隆を念頭に置くプラットフォーム企業やキーストーン企業が存在してい。プラットフオーム・リーダーやキーストーン企業による企業間関係内の調整は、ラングロワが主張した市場調整による『消えゆく手』では決してない。しかしながらチャンドラーの企業内の『見える手』とも範囲と構成要素が異なる。そこで本書では,その様な企業間関係について、言わば新たな『見える手』の役割を担う企業が存在しているとみる」(38ページ)
この指摘は、たとえばアップルとそのEMSの関係においてもみられることです。アップルは「サプライヤーに対して継続的に関与し垂直的な関係における影響力を保持して、製造や設計への統合と調整に深く関与している」のであり、その点では「なお20世紀以来の近代企業の成長様式に沿ってアップルは成長を実現してきた」のです(秋野晶二「企業成長とプラットフォーム戦略――アップルを事例に」235ページ)。
このように、オープン/モジュラー化が進展した下でも資源配分にかかわるコーディネーションは市場ですべて行われているわけではなく、チャンドラー的な管理的調整は生きています。問われるべきは、「管理的調整(見える手)が衰退したかどうか」ではなく、「管理的調整は現代的にはどういった形をとっているか」です。本書はこの点について考える糸口を与えてくれます。
また、本書は、多角化、国際化、イノベーション活動といった論点についても、以上のような関心のもとにていねいに整理しています。修士課程で関連分野を研究しようとしている大学院生、学部3~4年生、関連分野の実務家必携の本です。
なお、目次は以下のとおりです。
序章 成長様式の転換と市場における調整
~本書のテーマと分析視角
第1節 米国主要大企業の変遷と成長
第2節 本書の分析視角
第3節 本書の内容と構成
第Ⅰ部 グローバル化とイノベーションの基礎理論
第1章 企業経営の基礎
第1節 企業とは何か
第2節 企業の目的と経営管理
1 営利原則と企業の目的~経済的目的と社会的機能
2 企業の行動と基幹職能
3 管理とはいかなる活動か
第3節 経営環境と戦略的適応
1 企業の経営環境とはなにか
2 環境適応と戦略機能の分化
第4節 企業活動と成長
第2章 企業成長様式とその変化
第1節 企業成長に関する経験的事例
第2節 チャンドラーにみる企業成長と企業戦略
第3節 チャンドラーにみる企業成長と調整機構
第4節 チャンドラーにみる企業成長様式のまとめ
第5節 近年における企業環境の変化と企業成長様式
第6節 企業成長様式の多様化と新しい「見える手」
第3章 企業成長と国際化
第1節 はじめに
第2節 企業を取り巻く環境の変化と企業成長
第3節 多国籍企業が海外直接投資をする要因
第4節 多国籍企業によるエントリーモード(参入方法)
1 輸出による企業の国際化
2 非出資型国際生産による企業の国際化~ライセンス契約
3 非出資型国際生産による企業の国際化~フランチャイズ契約
4 出資型国際生産による企業の国際化~海外直接投資
5 近年のエントリーモードの変遷
第5節 多国籍企業によるホスト国における国際経営戦略
第4章 企業成長と多角化
第1節 多角化とは
第2節 多角化のタイプ
第3節 多角化の誘引
第4節 多角化の遂行と組織構造
第5節 多角化遂行後のマネジメント
第6節 多角化の進展
第5章 企業成長とイノベーション
第1節 はじめに
第2節 クローズドイノベーションと企業の大規模化
1 イノベーションの制度化と中央研究所
2 生産性のジレンマとコンピテンシー・トラップ
3 破壊的イノベーションとスカンクワークス
4 クローズドイノベーションの“限界”
第3節 オープンイノベーションと“境界”を越える企業
第Ⅱ部 グローバル化とイノベーションの史的展開
第6章 日米企業の国際化の歩み
第1節 米国企業の対外直接投資と企業成長
1 米国主導の国際経済体制の確立
2 米国の軍事経済化と米国企業の対外直接投資
3 ブレトンウッズ体制の終焉と米国多国籍企業の成長戦略
第2節 日本企業の対外直接投資と企業成長
1 戦後日本企業における海外進出の展開
2 地域別海外拠点の特徴と日本企業の成長様式
第7章 日米企業の多角化の歩み
第1節 米国企業の多角化戦略
第2節 日本企業における多角化の実態~歴史的推移
1 高度経済成長期における多角化の動向
2 安定成長期における多角化の動向
第3節 米国企業における多角化の限界と新たな動き
第4節 日本経済の不振と「選択と集中」~1990年代以降の多角化戦略の変化
第8章 日米企業の研究開発活動の歩み
第1節 米国における研究開発投資の推移
1 米国の経済成長と研究開発投資
2 米国の研究開発投資における研究主体とその支出源
第2節 日本における研究開発投資の推移
1 戦後日本の技術導入
2 日本の研究開発投資の現況と今後の課題
第9章 企業環境の変化と米国反トラスト法制度の改正
第1節 グローバル化時代の企業活動と反トラスト法
第2節 米国反トラスト法の位置づけと運用における特徴
1 経済活動の自由の保持と米国社会
2 判例法による反トラスト訴訟と多様な規制主体
第3節 反トラスト法の厳格化と技術革新の萌芽
1 企業規模の拡大と反トラスト法の厳格化
2 1970年代の萌芽的IT革命と米国企業の競争力問題
第4節 行政・立法主導の反トラスト法制度の転換
1 経済効率性の重視に傾く反トラスト法
2 IT革命の進展と水平分業
第5節 競争促進的反トラスト政策と企業活動
第Ⅲ部 現代企業のグローバル化とイノベーション
第10章 日本におけるエレクトロニクス産業のグローバル化と生産革新
第1節 セル生産方式の概観と普及
第2節 セル生産方式の経済的特性
第3節 セル生産方式普及の背景~バブル崩壊とグローバル化
第4節 セル生産の導入とその後の展開
第11章 中核企業の海外生産と部品調達網~マツダの事例
第1節 はじめに~企業成長と海外生産
第2節 国内部品調達網の構築
第3節 海外生産シフトとグローバルな部品調達網
第4節 おわりに
第12章 脱統合化とEMS~鴻海(ホンハイ)を事例に
第1節 EMS業界の生成と急成長
1 EMSの定義
2 EMS業界の急成長
第2節 脱統合化の加速と台湾系EMS企業の成長
1 製造委託企業側の要因
2 EMS企業側の要因
3 国・産業構造の特徴・優位性
第3節 鴻海精密工業の事例
1 鴻海のビジネスモデルと多角化
2 鴻海のグローバル化とイノベーション
第13章 研究技術開発能力の国際的分散化と研究技術開発体制の国際化
第1節 はじめに
第2節 研究開発能力の国際的(地理的)分散化
第3節 技術開発能力の国際的分散化と主要企業の変遷
1 技術開発能力の国際的(地理的)分散化の特質
2 米国特許取得企業の産業別内訳と主要企業の変遷
第4節 事業活動の国際化と技術開発の国際化
1 IBMの研究開発の国際的ネットワーク化とその特質
2 IBMの特許技術でみた技術開発の国際化
第5節 ま と め
第14章 グローバル標準化と技術開発~チャデモを事例に
第1節 技術開発と標準化の競争優位
第2節 IT革命&WTOによる環境変化
1 技術環境の変化
2 WTO/TBT協定と標準
第3節 グローバル標準化:チャデモの事例
1 電気自動車充電技術の競争
2 チャデモ方式とコンボ方式の登場
3 TBT協定と国際標準化機関
4 国際標準の認定
5 近年の競争
第15章 企業成長とプラットフォーム戦略~アップルを事例に
第1節 アップルの成長の概観
第2節 アップルの成長と近代企業
1 アップル・コンピュータの初期の成長
2 アップルの戦略転換による経営危機とその対応
第3節 アップルの再成長とその成長様式
第4節 アップルの高成長とプラットフォーム
あとがき
参考文献
索 引