[いただきました] 坂本清『熟練・分業と生産システムの進化』(文眞堂)
生産システム論研究で長らく学界をリードしてこられた坂本清先生より、ご著書『熟練・分業と生産システムの進化』(文眞堂)をいただきまました。ありがとうございました。
本書は著者の長年にわたる研究の成果です。その射程は広く、とても私の手に負えるものではありませんが、本書の特色のひとつは、生産システムという概念を「産業レベルのそして国家レベルの生産と流通に関わる生産構造を意味」するものとして把握している点にあります(6ページ)。
この視点はいわゆる「モジュール化」をめぐる議論を評価する際に大切になってきます。「モジュール化」は、ややもすれば製品設計のあり方をめぐる議論に矮小化されてきましたが、このインパクトは個別製品の設計仕様や企業内の生産システムのあり方に留まるものではありません。「企業内生産システムのみでなく企業間の生産システムにまで応用しようとするもので、生産活動全体を生産活動のアーキテクチャとして捉える」必要があります(390ページ)。
著者は上のような問題関心にしたがって、モジュール型生産システムを、①製品レベル(製品アーキテクチャ)、②作業と工程のレベル(生産アーキテクチャ)、③企業/産業組織レベル(企業アーキテクチャ)の3つの側面から把握しようとします。②のみならず、③の視点からもモジュール型生産システムを評価する点に、本書の方法論上の独自性があります。
これは、1990年代のアメリカのエレクトロニクス産業/IT産業の「復活」の評価にもかかわってくる大切な視点です。かつてインテルのアンドリュー・グローブは、「水平的なコンピュータ産業 horizontal computer industry」というコンセプトを提示し(1996年)**、同産業の製品/企業・産業組織両面での質的変容を特徴づけました。グローブによって特徴づけられたアメリカ発の産業組織のあり方は、やがて一般化され、「ウィンテリズム Wintelism」(ボーラス/ザイスマン)*とか、「産業組織のあらたなアメリカモデル 」(スタージョン)***などと呼ばれるようになりました。
本書も指摘するように、モジュール型生産システムの普及は「1990年代のグローバリゼーションとICT革命という社会的・技術的条件の下でのアメリカ的方法論の復活を反映するもの」(400ページ)です。「モジュール化」がたんなる製品設計のあり方にとどまる議論ならば、一国の産業競争力の浮沈に影響を及ぼすはずがなく、生産システムを製品設計の次元だけでなく、企業・産業組織の次元でも把握する必要性はますます高まっています。
生産システムの歴史的「進化」を、社会的、政治的条件とも重ねながら把握しようとする者にとって必読の書です。経営学のみならず、経済学、政治学、社会学の関連研究者にお薦めする一冊です。
参考文献
*Borrus, M. and Zysman, J. [1998] “Globalization with borders: The rise of ‘wintelism’ as the future of industrial competition,” in J. Zysman and A. Schwartz eds., Enlarging Europe: The Industrial Foundations of a New Political Reality, California: University of California Press.
**Grove, A. [1996] Only the Paranoid Survive: How to Exploit the Crisis Points that Challenge Every Company, New York: Crown Business.(佐々木かをり訳『インテル戦略転換』七賢出版、1997 年。)
***Sturgeon, T. J. [2002] “Modular Production Networks: A New American Model of Industrial Organization,” Industrial and Corporate Change, 11 (3).