桜運動会(秋田県美郷町) 『森紀聞』第2回
おだやか
今年の桜は、しばらく前に津軽海峡を渡ったようだ。
記憶に残っている桜がある。
5年前の春、秋田県仙北郡美郷町の千屋小学校を訪ねた。
美郷町は、奥羽山脈のすそ野、大仙市の南に位置している。
と、記しても、「大仙」も「美郷」も、頭の中の地図は「・・?」
のままだろうか。角館の下で大曲から右に行ったあたり、
と記すと私にはイメージしやすい。
けれど、角館は仙北市だし、大曲は大仙市ということになっている。
ともあれ、美郷町は、千畑町・六郷町・仙南村が合併して生まれた。
大曲から路線バスに乗ると、車窓には農地が広がっている。
学校に着いて初めに気づくのは並木だ。校舎よりも高く見える松と杉が続
いている。歩いていくと、並木の右側に校舎があり、左側に校庭がある。
この並木は明治30年代、町の先覚者が提唱した田園都市構想を基に、各
集落へ通じる放射線状の道路に赤松と杉を植えたのだという。もう、100
年以上たっている。
この日は運動会が開かれていた。校庭を囲むような桜は満開になっている。
そのなかを小学生たちが走り、綱を引き、旗を振って応援合戦をしている。
良い天気だ。
少し離れたところから並木を眺めてみようかと思い、
校庭の端に行ってみた。
校庭・桜・松杉並木とつづき、並木に隠れて校舎は見えない。
校庭の端、土手のように少しだけ盛り上がった草の上で、家族が子どもた
ちの走る姿を追っている。見上げれば桜だし、うしろには「氷フラッペ」「フライドポテト」と大きく書かれた売店が出ていて、ワンボックスカーのなかから店のオヤジが、やはり走る子どもたちを眺めていたりする。
校庭の中心部も周囲も芝生で、新緑になってきている。
その向こう松も杉も桜も、子どもたちの綱引きを眺めているようだ。
しばらくして、この景観を「おだやか」と感じる理由のひとつに気づいた。
校庭には、万国旗はなくスピーカーからの大音量音楽も聞こえてこないのだ
った。
たしかに、学校と桜は似合うように思う。
「卒業式と桜」「入学式と桜」、それは始まりと終わりの印象でもある。
「運動会と桜」は、どうだろう。
感傷的ではなく、装い新たの気どりも不安も少なく、
伸びやかな春の風景がある。
「一家団らん」などという言葉も思い浮かんだりするし、
「地域」も感じたりする。うれしい桜の風景がひとつ加わった。
もったいない
運動会のあと、並木と桜を背にして大きな女性が壇上で話を始めた。
「桜の素晴らしさ、いつも桜をみたいとおもっていましたが、今日初めてみ
ました。木の良さをしっているひとは、木を大事にします」。
(千屋小学校ホームページより)
ワンガリ・マータイさん。砂漠化防止の植林活動などで知られる環境保護
活動家で、2004年にノーベル平和賞を受賞している。
この日、笑顔も大きいマータイさんは、子どもたちといっしょに松と桜を植えた。楽しそうだった。
マータイさんは2011年9月に亡くなった。
学校のホームページを見ると、あのとき植えた桜も松も元気に育っている
ようだ。100年後、並木も桜も松もどんなふうになっているだろうか。
翌日、奥羽線から北上線を乗り継いで北上市に出た。沿線から見える山の
芽吹きはまばらだった。北上駅で、新幹線に乗り換えようとしたら桜案内が出ている。駅から近そうだ。新幹線を遅い時間に変更して北上川河畔へ行くことにする。河岸に着くと、この時期だけ出ているという渡し船があった。
遠目にはゆったり流れる北上川は、小さな舟に乗って間近に見ると、流れ
は意外に早い。雪解け水で水量も多い。
なんだか、流されるようにして斜めに川を渡っていき、対岸に着いた。
春霞のなか「北上展勝地」の桜並木も、やはり満開だった。
(中沢 和彦、2012年5月15日)