時速36km@ZeppShinjuku 2024.2.17
時速36kmというバンドを最初に知ったのは友人のストーリーだった。彼が共有したスクリーンショットは音楽の再生画面のようで、田舎の停車場の写真にオレンジ色で「ハロー」と書いてあった。祖父母が住む町が思い浮かぶような風景と「ハロー」というどことなく気の抜けたカタカナが気になりAppleMusicで曲を聴いた。衝撃を受けた。粗暴な激しさを伴いながらも温かみを感じる歌声。キャッチーなのに売れ線のような厭らしさも無い。夢を追うことで諦めた現実に対する衝動と寂しさが同居している様が当時の自分と重なり過ぎて、刺さって抜けなくなった。それが確か2020年の9月頃。
2020年10月。DaisyBarでのthe satellitesのツアーライブ。コロナ渦ど真ん中で、ライブハウスには入場規制が敷かれていて、立ち位置ですら決められいた。勿論のこと声出しNG。前列二列目に立った自分は、メンバーの爪の形や滴る汗までつぶさに確認できる距離に居ながらも手拍子することしか許されていなかった。マスクの中で込み上がる衝動に蓋をしながら、正面に居る仲川慎之介(Vo/Gt)をずっと観ていた。ただただ圧倒されていた。気が付けば泣いていた。
そこから何回かワンマンやフェスで彼らの雄姿を観てきた。BayCamp、リプレイスメンツ、恵比寿リキッド、YOKOHAMA 1000 CLUB…。正直自分は毎回のライブに足を運ぶ程の熱狂的なファンではない。それでも、時速がバンド活動をしてくれている内は彼らのことをずっと応援していたい気持ちがある。
2023年4月16日に渋谷WWWXで開催されたオレスパとの対バンライブ。アンコールのポップロックの間奏中にオギノ(Ba)がいきなり「皆に内緒にしてたことあるんだけど言っていい?」「3年以内にZeppを埋めます」と宣言した。そこから4か月後の8月中旬に、ワンマンツアーの情報が解禁された。全国10個所を回るツアーのファイナルは、なんとZeppShinjuku。オギノの宣言後から僅か4か月後の出来事だった。
そして2024年2月17日。時速36kmがZeppのステージに立った。この前日にはチケットのソールドアウトが発表された。この日の出来事について、ライプレポと言える程立派なものではないが、立ち会えた自分がこの日のことを忘れないうちに言葉にしようと思う。
インスト「nami」から「アトム」まで止めどなく
隣の声が聞こえる程のボリュームだった会場BGMが徐々にその音量を上げる。ZeppShinjukuという大舞台にいつもの入場曲が流れる。背面に吊るされたバックドロップに時速のロゴとアイコンがスポットライトで照らされた。今まで観てきた中で、一番大きい。いよいよ始まるのかという高揚感に浸っていると、メンバーが次々とステージに現れた。
最初の曲は「nami」。他のツアーでは歌詞があったらしいが、ZeppShinjukuではインストだけだった。『ショーハショーテン!』という漫画の新刊PVの楽曲として作成された「nami」。(『MONSTERS』のエンディングといい、集英社に時速ファンがいるのだろうか?)1分程度の短い演奏の後で、仲川慎之介がライブを始める宣言をする。直後、三三七拍子と歌い始め、キラーチューンのひとつ「七月七日通り」が会場へと響く。
三曲目の「ブルー」は2023年9月にリリースされたミニアルバム「狂おしいほど透明な日々に」の最初のトラックだ。2月19日にはYoutubeにMV
MVも公開されている。リリース直後に聴いた際はメロディが難解だと感じていたが、気付けば疾走感を具現化した「ブルー」の虜になっていた。「くだらない俺らに期待してくれたっていいぜ少年(少女)」や、MVのアウトロのメッセージでどこまでも優しく寄り添ってくれている。今の時速36kmを象徴付ける一曲になっていると感じる。
さらに畳みかけるように「銀河鉄道の夜」、「スーパースター」とアップテンポな曲が続く。「スーパースター」は時速の中では珍しくシンガロングがある楽曲だ。ZeppShinjukuに集まった1,300人が歌声を重ね、会場の熱量と一体感が増す。「アンラッキーハッピーエンドロール」はライブでの迫力が毎回凄く、殺気じみた熱量を浴びる度に度肝を抜かれる。ストロボに照らされた仲川が、喉が擦り切れんばかりの勢いでロックンロールを叫んでいる。
続いて、一定のリズムでバスドラムが刻まれる。「アトム」は以前オギノが作成当時の裏話をツイートしていた。人と過ごした時間は自分の一部だと思うけど、それは間違いで。時間が経ち、全部分解して残るのは身体ひとつという事実。薄情だけど何とか納得しないといけない。だから、記憶なんて曖昧なものじゃなくて、匂いや空気よりも細かい原子として、大切な思い出が自分の身体に組み込まれてると信じて生きていこうという曲。ある意味、諦めというか、後ろめたい気持ちを歌っているんだけれど、同時にしょうがねぇよなってそれを肯定してくれる優しさもある。
幸せについて歌っている4曲
7曲連続で演奏をした後、MCが挟まった。仲川が持つギターがアコギへと交換され、直球恋愛ソングの「ラブソング」が始まる。時速の曲は殆どが仲川とオギノが作詞を手掛けているのだが、この曲の作成欄には石井開(Gt)の名前も入っている。1番が彼氏目線、2番が彼女目線の歌詞になっていて、日常を異なる視点で過ごしていても二人で過ごす平和な毎日が共通している様が沁みる。ちなみに音源では2番のメロディを尾崎リノが担当している。
「ラブソング」は「怪獣の熱光線みたいな夕焼け 確かにそう見えるね」という締めくくりで終わるのだが、「夕焼けの時に光って見えたとこ 目悪くなりそうでも見ていた」とその先を歌うのが「Cakewalk」だ。Cakewalkの起源は黒人奴隷制度の最中において、最も上手くパフォーマンスできた人に主人がケーキを与えたことによる。ジャズの源流ともされるこの音楽ジャンルは二拍子の軽快なリズムからなっていて、イントロに入っている手拍子もそれを型取っているように聞こえる。なお、現代では一番変な歩き方をした人が優勝する外国の競技大会として開催されているらしく、歌詞にも「変な話し方 変な笑い方 変な歌い方 変な考え方」と特異な個所を愛おしく思う心情や、そんな幸せな毎日が続くようにという願いが込められている。「ラブソング」と同様、「Cakewalk」も作成に石井開の名前が入っている。
「久しぶりの曲をやっても良いですか」と前置きを挟んで始まったのが「天使の声」。随所で歌われるシンガロングによって会場全体にアンセムのような雰囲気が漂う。先ほどまでの二曲が歌っていた幸せそのものではなく、その側近には醜い現実が転がっていることを知らしめる。綺麗事では済ませない彼らのことを心から信頼できるし、これからも付いていこうと思える。
リリースされた「狂おしいほど透明な日々に」の中で、個人的には「ブルー」に次ぐメイントラックだと思っている「助かる時はいつだって」。3分半の短めの曲だが、同じ歌詞がリフレインせずにひたすら言葉の密度が濃いところに時速らしさを感じる。(オレスパの某アルバム名と題目が似ているのは何か関係があるのかと邪推している)
綺麗事だけじゃない「strats」、一番印象に残った「かげろう」、必殺技「ハロー」
再びここでMC。(おそらくここでフロアタムの脚を新宿LOFTに借りた話をしていた気がする…)(せっかくオギノが説明してくれてるのにタムを鳴らし続ける松本さんウケた)後半戦が始まる旨の宣言が入り、松本ヒデアキ(Dr.)が鳴らす、「アトム」と似たバスドラのリズムが響く。ギターの音色が加わり「ムーンサルト」が静かに始まる。歌い出しこそ落ち着いた雰囲気を持っているがラストサビに向かうにつれ勢いと激情が増していき、最終的にはミラーボールも伴って宇宙のど真ん中にいるかのような煌めく空間へと誘う。
「stars」ではオリジナルのソロから始まり、仲川の歌唱力の高さというか、伝える力の強さをさめざめと感じた。決して綺麗事だけでは生きていけない。先述した「天使の声」と似たセンシティブな言葉も用いながらもあなたの手を柔らかく握る。俺が幸せにしてやるぜ、といった前のめりな愛情ではないが、二人で過ごす時間以外は無関係といった揺るがない静かなエゴを感じる。続く「シャイニング」は曲調こそガラッと変わるが、降りかかる絶望からあなただけは守るといった「stars」と似た意志がある。ありふれた憂愁や死にたい毎日など対象以外のことを意識した上で、それを無視せずに歌詞にしてくれるのがどこまでいっても現実的だと思うし、嘘じゃないと思える。
今回のセトリの中で個人的に一番印象に残ったのが「かげろう」。音源では過去になった青春を同じ季節に振り返るような、どこか懐かしい気持ちになる曲だった。けれどZeppShinjukuでの「かげろう」は四人が出せる最大出力をそのまま弾き出したような迫力があった。記憶に触れていた筈なのに、いつのまにか青春の最中に居るような。あの日の暴風雨のような演奏が忘れられず、今になっても思い出している。
「動物的な暮らし」の以下のフレーズを信条にしているファンの人は、多分俺だけじゃない筈だ。とんでもなくしんどい日があった時や、反対に、忘れたくないような出来事が訪れた際には、決まってこの歌詞が頭を掠める。
「動物的な暮らし」は楽曲自体は勿論のこと、ライブでの間奏がたまらなくカッコいい。シューゲイザーに振り切った回もあれば、楽器だけの殴り合いを魅せてくれる回もある。この日は後者で、間奏での仲川のギターソロが始まった途端、オギノが「もっといけ!もっと!」とジェスチャーをしていた。また、この曲はベースソロで締め括られるのだがその際にメンバーにもっとやれと煽られていたのも良かった。(余談だけど前者パターンは以下の0:25みたいな感じ)
そして時速の中で一番有名な曲である「ハロー」。仲川の歌い出しに合わせて、ZeppShinjukuのオーディエンスがサビフレーズをアカペラで熱唱する。おそらく会場に居る全員が漏れなく待ち望んでいた曲の一つだろう。ワンマンでも対バンでもフェスでもこの曲が始まる度に会場のギアが上がるのを肌で感じ、「ハロー」が持つ力に毎度驚かされる。
初のZepp講演で口にした「美しい喪失の予感」と、死んだ後も残り続ける「化石」
おそらく、この日最大の盛り上がりを魅せた「ハロー」が終わり、最後のMCによりあと数曲でライブが終わることが告げられる。センターマイクに立つ仲川は、今日のソールドアウトへの感謝を改めて口にしていた。活動初期のライブには数人しかしなかったこと。それがどんどん増えていき、100人、1000人と来てくれる人が増え、目の前の景色があること。さらに、次なる時速の目標として「武道館を目指す」と宣言してくれた。(絶対に武道館でやると言わせたいオギノと、ずっとモニョニョしてる慎ちゃんの掛け合いはとても時速で思わず後方彼女面してしまった)
だから、MCを聴きながら「これからもっとデカくなるから付いて来いよ」とロックバンド然したことを言うのかと予想していたけれど、仲川が伝えたのは終わりを予感させるようなものだった。
そんな前置きとともに始まったのが「化石」。「狂おしいほど透明な日々に」のラストトラックだ。以前、オギノが同アルバムのリリースに関するインタビューにて「このアルバムは俺が死んだ後とか…そういうものをすごく考えて作ったものなので」と答えていた。アルバムに収録されている曲の中でその意識が一番強いのが「化石」だと思うし、音楽を続けていることへのオギノの本音が書き綴られているような気がする。
また、そんな想いに呼応するかのように、或いは反発するかのように、「生活」のワンフレーズをアウトロでオギノが歌っていた。「生活」は2017年にリリースされた「ドライビングフォース」に収録されている曲で、時速36kmとして初めて出したEPだ。そんな結成当初の曲をZeppShinjukuの舞台でセルフサンプリングしたことで、過去の自分たちへの報告とこれからもバンドを続けていくことへの決意が垣間見えた。
アルバムに収録されている「化石」の音源はラスサビ後のノイズが凄まじい。その轟音はまるで隕石が大気圏を突き破るかのように聴こえる。ライブでも同様の箇所でシューゲイザーが鳴り響き、ラストフレーズが静かに流れる。
ずっと、夢を見ている
「やっていくしかないよな」とマイクから口を話した仲川がアカペラで歌い始める。それに負けじとZeppShinjukuに集まった一人ひとりが「スーパーソニック」のサビを歌声に重ねる。いつか喪失してしまうことを自覚しながらも「会えたらまた会おうぜ」と時速は笑ってくれる。どこまでも地続きで居てくれる彼らのことを信頼できるし、紛れもないヒーローだと思う。(前衛三人がドラムセットの台に上り、ジャンプしながら最後の音を鳴らしたの、余りにも楽しそう過ぎてこの日二回目の後方彼女面が出てしまった)
本編が終了し、各メンバーが感謝の意を示しながら舞台袖へと捌けていく。会場からはアンコールを待ち望む手拍子や「ワンモー!」の掛け声が沸く。数分の幕間の後、ステージが照らされツアーTシャツに着替えたメンバーが姿を現した。
ドラムの松本さんがセンターマイクの前に立ち、石井さんとグッズ紹介とツアーの所感を話す。やっと皆の前で喋れたことをとても嬉しそうにしていた。エゴサをしている時に有休を取って本番を見にきたファンを見つけた話を石井さんがしていて、それを有休とって一日中エゴサをしていると松本さんは勘違いしていた。普通にそんな訳無くて笑ってしまった。あれボケだったのかな。天然だったらめちゃくちゃ面白いな。
あと、アンコールの時に仲川さんが着ていたTシャツってツアーグッズじゃなかったよね? 写真ぽかったけど、あれ何のTシャツだったんだろうか。
アンコールは前述した「ドライビングフォース」から「夢を見ている」と「リーク」。「夢を見ている」恒例のサビの大合唱は当然ながら今までいった現地の中で一番大きな歌声だったし、それを歓喜の表情で眺めていたメンバーを見て自然と胸が熱くなった。この曲のサビが武道館で鳴り響く日を、心から願っている。「リーク」は曲の加速度とサイケデリックな照明が相俟って凄まじい雰囲気になっていた。あと3歳若かったらダイブモッシュしていたと思う。
「Stand in Life」
狂乱的な熱を放出した時速が「ありがとうございました!」とライブの終了を告げる。舞台は暗くなったがフロアの照明が動かないことから観客の誰もがまだ今日が終わらないことを確信する。三度の明転と共に、再び時速36kmがステージに立つ。
リリースツアーのファイナル。初のZepp公演でのソールドアウト。色んな意味が含まれるであろう最後の曲は「Stand in Life」だった。それはまるで彼の決意表明のようだった。
全国10ヶ所を巡り巡ったツアーも、ZeppShinjukuをソールドした今日のことも、現実を生きていく以上は誰からも忘れ去られる時がくる。人生の生き方を選ぶのは同時に死に方を選択することでもある。
ただ、誰からの記憶から無くなろうとも、目の前にある幸福が消え果てようとも、これからも訪れる今日のような瞬間を歌にし続けていくのだという意志があった。他でもない、この曲だからこその姿勢が溢れていた。
時速36kmというバンドは俺が想像しているよりもずっと客観的に自分たちを見ていて、音楽を続けること、それが終わることを繰り返し思案しているのだと思う。コロナ禍を経てのライブシーンやメンバーが抱えているそれぞれの事情、バンドだけで生活していくことの難しさなど、想像に及ばない因子が多々あるのだろう。
それでも尚、彼らがステージに立つ選択をする以上は応援し続けるし、『誰にも勝てない音楽』の行く末を見守っていきたいと思っている。これからも多くの人たちに届くであろう時速36kmの未来が待ち遠しい。
改めて、ツアー完遂&ZeppShinjukuソールドアウトおめでとうございます。また時速36kmに会える日を、楽しみにしています。