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6月日記

50年ほど前に建てられたであろう分譲マンションの下層部に店を構えている、その中華屋に行くためには螺旋階段を登らないといけない。階段を一段ずつ踏みしめる度に鉄の壁を叩くような無機質な音が響く。一回転半を登りきると、店内中央に備えられた入口に出た。「何名様ですか?」と無精髭が良く似合っている、ハンサムな店員さんに声を掛けられる。三人で、と告げると、四人掛けのテーブル席が二つ合わさった座席へと案内された。明らかに過剰な席数に戸惑いながら、先ほどまで飲み食いをしたいた集団が目に浮かぶ。
2時間2,200円の飲み放題は、一人につき四杯飲めば採算が取れる計算だった。同時に頼まなくてはいけない品目として、枝豆と大蒜を炒めた鉄板、チェダーチーズとクラッカーの盛り合わせ、たこわさを注文する。少量で少額の、飲み放題のためだけにあるような品目。最初の一杯として『FREE DRINK』と記載されているメニュー表から、ジンジャーハイボールをお願いした。お願いした筈だったが「ジンハイで」と頼んだ声が小さかったのだろうか、運ばれてきた飲み物は透明で、炭酸水で割られたそれにジンジャーエールが入っていないことは明白だった。一口飲んでみるとサントリーの翠の味がした。
対面に座る友人が頼んだトマトサワーが鈍い赤色に映った。沈殿した血液のようなそれが、グロテスクに揺れる。

「神楽坂」

今月は珍しく本を何冊か読んだ。ミステリーバトン短編集の「宮辻薬東宮」、綿矢りさの「手のひらの京」、麻布競馬場の「令和元年の人生ゲーム」、カツセマサヒコの「ブルーマリッジ」。それぞれの感想は諸々浮かんでいるものの、それを精査するには七月が迫ってきているので、少し時間を掛けて内容を整理しようと思う。

5月の末から禁煙をしていた。歯科矯正のワイヤーをしていた時期は気にすることなく喫煙をしていたのだが、ワイヤーが外れリテーナーになった瞬間、透明な歯型をヤニで染めることへの抵抗と、一々リテーナーを外さないとならない煩わしさが浮かび、禁煙をすることにしてみた。それを元同居人に告げた勢いで「年末まで禁煙に成功したら、良いサウナを奢ってくれ。もし失敗したら、俺がお前にサウナを奢る」と一種の賭けを提案した。彼はそれを承諾し、自分と彼との間で契約が生まれた。

6月の半ば、平日深夜1時頃に海外サッカーを観ていたら親友からLINEが入っていた。何の気なしに返信をしたら即座に電話が掛かってきた。大門付近で終電を逃した彼が迎えに来て欲しそうな声をしていたので、深夜2時から車を借りて迎えに行った。東京ミッドナイトに泥酔を極めた彼が「海見たくね?」と言い、気が付けばレインボーブリッジを渡っていた。お台場の浜にある喫煙所で白煙を吐き出す彼に「今、禁煙してるんだよね」と告げると「お前、それは違うって」と一本を渡された。こうして、無事に喫煙者に逆戻り、元同居にサウナを奢る羽目となった。そんな6月深夜の出来事だった。

6月最初の週末に、人生で初めて合コンなるものに行った。26年間の人生で一回もそれを経験したことが無く、それ故の決行だった。男性側の幹事として、周辺に居る「良い奴」を募って参加したのだが、飲み会の最中に自分を含めた全員が漏れなく恋人を探している訳では無いことに気が付き、ただただ楽しく飲んだだけで終わった。初体験となった合コンは結果として楽しかったが、もう一度やるかと言われれば直前の緊張感をまた味わうことへの拒否反応が凄まじく、少なくとも自分が幹事としてやることは二度とないと思う。
余談ではあるが、先輩が教えてくれた店が女性側に物凄く評判が良く、それが原因で楽しい時間を過ごせた。この場を借りてY先輩に𝑩𝑰𝑮 𝑳𝑶𝑽𝑬を献上します。今度またゲーセン行きましょう。

伸びた髪を切りたかったが、地元の美容院に行く暇がなく、近所の美容院に行くことにした。ネットで近場の美容院を調べたら大概が5,000円を超えていて、たかが髪の毛にこれだけの金額を払おうとはどうしても思えず、結局今の最寄駅の1,000円カットに行った。後頭部を梳いてくれ、と頼んだが全方位に容赦なくバリカンが押し寄せ、学生時代のような垢抜けない髪形となってしまった。帰宅して鏡を見た瞬間はそれなりに落ち込んだが、一週間くらい経った今では所詮髪の毛だと割り切れているし、差し迫った夏に向けて丁度良い気分転換になったのではないか、と思えている。

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