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8月日記

 夜勤明けの重たい倦怠感が身体を蝕んでいる。早朝に帰宅し、風呂や飯を済ませ、飲酒までしたのに上手く寝付けなかった。最後に起きたのは十六時だったので、七時間は眠っていた計算になる。ただ夜に就寝した時とは違い、幾度も目が覚めてしまっていた。眠っている間も脳内では現実が暴れるようにフラッシュバックし、ちっとも休まった感覚はない。目覚めと寝落ちを繰り返し、諦めてベッドから這い出た時には日が暮れようとしていた。寝過ぎた休日の後悔に近い頭の重さと、それでも明日は休みという解放感で心身が混乱したまま、寝巻から着替えて家を出た。
 北千住駅は自宅から会社までの定期券内だから通勤以外でも気軽に立ち寄れる。平日十七時の駅前は学生や買い物をする主婦が多く、自分と同じ若い男は殆ど居なかった。異常な時間に存在している浮いた優越感を覚えながら駅前のベンチに座り、近辺のご飯屋さんを調べる。昨日は米を食べたから麺類にしようか。それとも、思い切ってハンバーガーでも良いかもしれない。それまでの食歴と今の腹具合と相談を続ける。
 声を掛けられたのは、そんな時だった。

「不出来」

8月頭に小田原の花火大会に行った。連れたちがお手洗いや買い出しに行っている最中で一人ビニールシートで待機する時間があった。夕方から夜に移り変わる15分の間、陣地を律儀に守りながら、流れゆく雲や飛行機を見ていた。遠くに聞こえるアブラゼミや後ろで展開されるお爺ちゃんと小学生の孫の話に、なんとなく、夏の終わりに近い哀愁をぼうっと感じていた。花火大会の後で海で花火もして、振り返ると今年で一番夏らしさを感じた日だった。27歳になってもこうしたイベントが訪れることを心から有難く思う。

お盆休みに京都の田舎に住む婆ちゃんに会いに行った。夜ご飯を食べながら婆ちゃんに「アメリカの言いなりになっちゃいかん」「戦争を起こさないことだけを考えながら生きねばいかんよ」と口酸っぱく言われた。言っていることは正しいのだが、アラサーの自分には戦争を起こさないことよりも来月来年を健全に生きる方が難しく思え、「お婆ちゃんも、俺くらいの年齢の時はそんなこと考えて生きてなかったでしょ?」とみっともなく訊いた。キョトンとした婆ちゃんから「確かに私はその時期は結婚したてで、家庭とか子育てとか大変だったから考えてなかったけど…貴方は未だ結婚してないでしょ?」とクリティカルなカウンターが返って来てめちゃくちゃ笑ってしまった。気が付けば「恋人がいない」「彼女が居ない」を通り越し、「独身」という言葉が似合う年齢になっていた。22歳に独身と言うのは尚早だけど、27歳に独身と言うのは何も不自然じゃない。もう27歳になるのに独身という自覚が足りない。
それにしても婆ちゃんはもう80を超えているのに料理は美味いわ、きびきび歩くわ、良く喋るわで物凄くパワフルであった。ばあちゃん、長生きしてね。

余談だけど、京都に行くのは2019年の京都大作戦ぶりだった。8月の京都に行くのは人生で初めてだった。
とんでもなく人が多くて、とんでもなく暑かった。京都に居る間はオートコードとくるりをずっと聴いていた。烏丸は晴れていた。

ある女性から「森林さんのことをあまり知らない」という理由で距離を置かれて、その後何の発展も無いままフラグが枯れていった。それも二人同時に。
同じ理由で離れていく彼女たちに対して「行けたら行く」「また連絡する」について熱弁していたカルテットの高橋一生が過った。
人に対して人間性を知りたいと思うのは人間関係において最低ラインの話だと思うし、好感度や顔がカンストしていれば、未知な部分があったとしても関係は続きそうなものなので、つまるところ単純に彼女たちのタイプでは無かったのだな、とズブズブ引き摺っている。
加えて、物理的に距離を置くムーブをされてしまうと自分も強引に行く気持ちが起きず(ゴリ押して薦めるほど大層な人間ではないという自意識が勝るため)そのまま関係が終息する。
もう27歳になるのに、いつまでも恋愛に振り回されていて本当に恥ずかしい。こんな自意識は何の役にも立たないのではやく捨ててしまいたい。

相方と交互に書く小説の二本目を書き終えた。お盆休みは人に誘われる予定も無く、かといって自分から誘うこともせず、殆ど家で過ごしていた。周りが恋人や家庭を持ち始めて友達の優先順位が下がった結果、自分と似た生活を送っている友達が減っているのかと考えた。これがアラサー、これが独身か。
小説は恋愛が介在しない話を書きたくて、気が付けばネットワークビジネスに勧誘される男の話が出来た。大学生の時に近い出来事を経験したことがあり、キラキラした目をしていたあの人や、目が一切笑っていなかったあの人らって今頃何してんのかなーとか思い出したりした。

明日はラブシャに行く。春夏合わせて5回目のラブシャだがこんなに雨なのは初めてで、ぬかるんだ地面を歩く煩わしさに陰鬱な気持ちが湧くが、雨の山中湖でどんな景色が観れるのかちょっとだけ楽しみな自分もいる。無事に帰って来れますように。


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