なんでもない日がいい

秋風がくすんだ教室に、ふたりの影が映っていた。
『あなた、いつも一緒にいてくれるの?』
女子高校の卒業したばかりの女子高生・音が、そう尋ねると、そばにいた男子のラグビー選手・翔は、ため息をついて答えた。
「うん。いつも一緒にいるよ」
そう言うと、翔は音の手を取り、柔らかく握ってくれた。
音はその手を胸に押し付けると、おどおどと照れながら、いつもの笑顔になった。
ふたりは、偶然の猫が繋いだ仲だった。
偶然にも、音が自宅で飼っていた猫が外に出ていってしまい、翔が住むアパートの近くで見つかったのだ。
その後、飼い主の音を探していた翔が、地元の新聞に載せた掲示板に、音が投稿していた内容を見つけた。
そして、ふたりは出会うこととなった。
互いに純情な気持ちを抱きながら、恋に落ちたふたりは、お互いを深く知り尽くしていく日々を過ごした。
そして、翔が何かを決断するとき、音はいつも翔の味方をしていた。
音はいつも、翔の言葉を聞き入れ、その話を細かく考えて、助言をしていた。
そして、彼らは、いつも手をつなぎながら歩いていた。
新しい日々が始まるたびに、ふたりは純情な恋をしていた。
――――
ある日、ふたりは晴れた日を楽しんでいた。
しかし、その穏やかな空気が一変した。
突然、雨が豪快に降り始めた。
激しい風がふたりを追いかけ、近くの堤防が崩れてしまった。
ふたりは、今までとは違う怖ろしい光景を目の当たりにした。
思わず、音が叫んだ。
「翔!いますぐ逃げないと!」
翔は、音の手を取りながら、怖がりながらも、なんとか脱出しようとした。
しかし、激しい流れの中を進むことが出来なかった。
そこで、ふたりは、近くの町のイベント施設に避難することを決めた。
そこを訪れるために、ふたりは急いで歩いた。
雨に打たれながら、疲れ切ったふたりは、すぐにイベント施設に到着した。
空腹でもなかったけれど、ふたりは、お互いを見守りながら、体を休めることを思い切ってしまった。
そして、ふたりは、お互いの腕の中で、雨の中を歩いた日を懐かしく思い出した。
――――
イベント施設で避難した2日後、陽の光が部屋を照らし始めた。
音は、今日は炊き出しをしようと、腰を据えていた。
一方、翔は、昨日の夜からボランティア活動をすることを思い立って、早朝から出発していた。
音は炊き出しを仕上げ、翔が帰ってくるのを待っていた。
すると、翔は思い切り疲れているようで、その背中にはぐしゃぐしゃの衣服が残っていた。
音は、翔に慰めるように笑顔を浮かべた。
「お疲れ様、食べて。おいしいよ」
翔は、音が作った炊き出しをありがたく召し上がった。
そのとき、翔が行った先の人々から、大きな喜びの声が聞こえた。
お互いの家族も無事だったという情報を受け取り、ふたりは安堵した。
そして、お互いの手を握りしめながら、翔は音に言った。
「こんな状況下でも、一緒にいられて、本当に良かったよ」
そう言った翔の声に、音は感激した。

そして空を見つめて言った。
「なんでもない日がいいね」


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