30秒ショートストーリー『ぬれぎぬ』
やってしまった。
オレは床を見下ろした。
そこにはムカつく上司の体。
いや、それももう過去のことだ。
上司の体はぴくりとも動かない。
そしてオレの手にはイス。
イスは座るものであって、振りおろすものじゃない。
そんなことは百も承知だ。
しかし残業中に嫌味を言われて、ついカッとなってしまった。
今は深夜。会社にはオレのほかに誰もいない。
もちろん監視カメラなんてついてない。
やることは一つ。
ぐにゃりとする上司をかつぎ上げ、車のトランクに投げ入れた。
山は真っ暗だった。
車内灯をつけて外に出る。
深い谷底へ死体を捨てようと、
トランクを開けようとしたその時だった。
突然、うしろから男の声がした。
「あんたぁ、何してんだ?」
おどろいてふりかえると、一人の男がいた。
どうやらオレより先にここにいたらしい。
するどい視線でオレを見ている。
オレはあわててウソをついた。
「道に迷ったんだ」
「ウソこけ。こんな山奥に迷う道なんてないだろう」
「ぼんやりしてたんだ。もう行くよ」
しかし男はオレをじろりと見て言った。
「お前、ずっとオレの山でキノコ盗んでるヤツだろう!?」
そんなの濡れ衣だ。オレはすぐに言い返した。
「それはオレじゃない。本当に道に迷ったんだ」
しかし男はあきらめなかった。
「素直に白状すれば、手荒なことはしない。さあどうする?」
見ると男の手には大きなナタが握られていた。
さすがにこれには抵抗できない。
それにただのキノコ泥棒だということにすれば、
この場は穏便に済みそうだ。
だからオレは言い直した。
「悪かった。オレがきのこを盗んだんだ。弁償するからゆるしてくれ」
すると遠くからパトカーの音がした。
「警察を呼んだのか?」
「あたりまえだろ。ここは先祖代々伝わるマツタケの山。
被害総額、いくらだと思ってんだ」
翌日、オレは刑事に言った。
「信じて下さい。オレは確かに上司を殺しました。
でもマツタケは盗んでません。本当です。
被害総額三千万円なんて、オレには本当に関係ないんです」
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