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0129「カーセックス(16)」
やっぱりもう、こういう場所じゃ、どうもね。乾いた咳のあとにキナシが言い、クリハラは前を向いたまま静かに目を細めた。お互い、いい歳だ。いい歳というか、もう還暦だぜ。わかってたでしょ。クリハラはキナシの首に腕をまわす。キナシが嗅ぐクリハラのうなじのにおい。クリハラが嗅ぐキナシの鎖骨のにおい。それぞれ空白の年月のうちに変わってしまったにおいを確かめて、キナシとクリハラはどちらからともなく体を離す。いてて、あー。キナシが腰に手をあてて、ゆがんだ口から琥珀色の歯をのぞかせる。クリハラはそんなキナシの全身を視界に収めて、それからまた目を細める。雪だね、とクリハラが言う。ずっと降っていたじゃないか、と言いかけて、キナシはフロントガラスに薄くつもった雪に目を向ける。ああ、そうだな、雪だ。溶けるまで一つ所にいて、溶けたらどこかへ流れ行き、同じ場所に同じ雪は積もらない。雪だ。そういう、これは雪だな、クリハラ。