0132「カーセックス(17)」
車を停め、ハンドルに置いていた左手を後頭部にまわして髪を解こうとしたとき、無防備になった左腋の下にタカハシの顔面が突っ込んできて、ミツイは身をよじりつつも笑ってしまう。ねえ!やめてほんとに。タカハシはミツイの腋の下に鼻をあてて大きく息を吸ってから離れ、ミツイのほうを見ながら、温泉に肩まで浸かったときのような声を漏らした。あ、別れようかな、とミツイは思った。思ったし言った。思ったことは言ってしまうのがミツイだった。やだ!とタカハシはへにょへにょ動きながら今度はミツイの二の腕を触る。どうでもよくなって、ミツイは左腕をタカハシのほうに気持ち投げ出し、ガソリンメーターのあたりでちろちろ動く羽虫を眺めていた。さっきいい匂いした。腋?くさいだろ。違うよ、髪ほどいたとき。ああそう。そこでミツイは目を向ける。タカハシはずっとミツイのほうを向いていて、タカハシはミツイの髪、額、鼻柱、唇、体全体、それらがうすく輪郭を保ってここにたしかに存在している様を見ていて、ミツイはタカハシの触れればはじけてしまいそうな眼をただ見ている。窓ガラスは曇っていて、外灯の光を含んでやさしく輝いていた。