原案を元にした漫画のネームの作り方(「ぼくさつのやつ」を例にして)
ひとつの漫画を複数の作家が共同で作る場合、いろんなパターンが考えられます。
……など、色々ありますね。
漫画原作者と漫画家の二人で作る場合、現在の商業漫画において一番多いのは恐らく「ネーム原作/作画」のパターンではないかと思います。
私も普段、漫画原作者として、ネーム原作を作る仕事をさせてもらっています。
ですが、一度だけ少し変わった形でネームを制作したことがあります。
それが、2022年にとなりのヤングジャンプに掲載された、岩浪れんじ先生作画の読切漫画『ぼくさつのやつ』という作品です。
(※性描写あるのでご注意ください)
この漫画の作り方はというと、
岩浪さんの原作(原案)プロットを元に、
森がネームを書き、
そのネームを元に岩浪さんが作画する。
という、大変に珍しいパターンの作品です。
こういう感じ↓
自分が担当したのは、真ん中のネーム構成とストーリー(展開・演出)の一部になります。
左にあるような文字と絵の入ったプロットを元に、読切漫画としてまとまりある一本のネームに仕上げていくという作業を行いました。
岩浪さんからもらったバトンを岩浪さんに繋ぐというような、なかなか面白いやり方ですね。
これは結構珍しい事例だと思います。
ということで、せっかくですからここにその制作過程を書いておきたいと思います。
制作過程といっても自分の領域である「プロットをいかにネームに落とし込むか」の部分がメインではあります。また、このネームを書いたのはこの記事を書いている二年近く前なので、記憶が抜けているところもありますがご容赦ください。
これから説明していきますが、
まずは完成版の『ぼくさつのやつ』をご覧いただければと思います。
読んでる前提で説明しますので!
プロット
では、最初に岩浪さんから送られてきたプロットをご覧ください。
(※一部修正しています。)
まずはプロットをよく見ていきましょう。
原作者の岩浪さんが漫画家で、最後に自分の手で作画することが前提となっているプロットですので、この時点で一部に絵も入っていますし、コマ割りやセリフ、演出の指定がありますね。
ですが、途中の展開をこちらに任されてる部分もあります。
原案というか原作というか、ちょうどその間といったところでしょうか。
で、プロットは以上なんですが、ここから岩浪さんに内容について更に口頭でヒアリングを行っています。
すると追加で以下のような要素が出てきました。
脇のニオイで勃起するエピソードを入れてほしい!???
さて、要素が出揃ったのでネームを考えていきましょう。
ネーム作業の前に確認すること
プロットからネームへ翻案する作業をする前に、どういう方針で進めていくのかなどを確認します。
プロットに描かれていることからなにを優先して書いていくのかとか、キャラクターはどういう人間なのかとか、そういったところの確認です。
[プロットをネームにするときに優先するべきこと]
これは簡単で、最終的な作画者が岩浪さんであることを考えると「岩浪さんがなにを描きたいか」が最優先されるべきです。
ということで岩浪さんが描きたいであろう絵が映えるようなネームを意識していきます。
どうしてもプロットにないものを足したり、あるものを減らしたりすることはありますが、描きたいという強い意図が感じられる絵やエピソードは残していきます。
[ネーム担当者としての「自分」がやるべきこと]
複数の作家が関わることによって起きる化学反応が、分業制のメリットの一つです。
だから「自分」がネーム制作として入る意味も自分で見つけていけたらいいですよね。そんなものあるのか?と思っちゃいますけどね、とりあえずどんなネームでも自分にしか描けないものではあるので、そこはなんか自信を持っていきたいところです……。
ということで、自分の得意分野ゆるいコメディや会話のやりとりですので(多分)、それを活かしていこうと思います。
「ぼくさつのやつ」は殺人や少し特殊なエロシーンがあるので一歩間違うと暗くてマイナーな空気になりそうなので、とにかく細かくコメディシーンの手数を増やして、明るく、(雰囲気を壊さない範囲で)ポップに仕上げていこうと思います。
[キャラクター]
ネーム作業の前に今一度、キャラクターの性格を確認しておきましょう。
こんなところでしょうか。
普段こんなに明確に言語化はしませんが、キャラクターの行動や喋り方などがなんとなく頭に思い描けるといいですね。
プロットをネームに(ここからが本番)
ここからはプロットとそれに対応するネームを載せていきます。
・タイトルまでの導入部分
以下の要素は絶対必要ですね。
ネームにします↓
一コマ目で撲殺に重要なアイテムの酒瓶を見せてから、状況・時間・心情についてはセリフと背景で語らせました。モノローグと書かれていましたが、独り言として喋っている方が南くんの疲れ切っている感じや狂っている感じが表現できるのできるという判断で変更しています。
このあと殺される新聞配達員を出します。
殺される理由は南くんに舌打ちをしてしまうからですが、なぜ舌打ちしたのかを設定しないといけません。
そこで舌打ちする理由として「南くんがエレベーターに駆け込んだために驚かせてしまった」というものにしました。この理由だと簡潔にストーリーを進められるし、同時に南くんの性格を表現するのに繋げられます。
ネーム1枚目の2,3コマで、南くんがエレベーターに向かって走り込むか迷う(=普段はそういうことが出来ないくらいに気弱である)けどバカ買いした荷物が重たいので待ちきれずに走り込む(=自分の不快に対して敏感である)という描写を入れて、彼の性格を表すことができるわけです。
南くんの情けなさを強調する意味で「あ」を増やしています。
(別に増やさなくても良かったかな〜とも思います)
「バイト疲れ→バカ買い→エレベーター走り込む→舌打ちされる→バカ買いした瓶で撲殺→(バカ買いしたアイス溶けちゃうというセリフ)」という繋がりを作ることで、まとまりある導入になったのではないでしょうか。
(このあとタイトルページが入りますが割愛。)
・北さん登場シーン
ここはほとんどネームになっているのでそれを活かします↓
ここは無言の方が北さんのキャラが生きそうなので変更。
二人の名前をこの段階で出しておきます。
・二人で死体を確認するシーン
ネームに↓
南くんのセリフで彼の人間的などうしようもなさを表現。
プロットでは鏡を死体の鼻に近づけて曇らないことで死んだのを判断することになっていて、とてもいい映像ではあるんですが、テンポを優先させてもらいました。
同時に北さんの行動を足して、北さんのヤバさを描いています。
北さんの行動を南くんが説明するセリフを増やしました。
南くんが北さんのヤバい行動をスラスラ言える方が怖がっている感じが出る気がします。説明的なセリフといわれたらその通りですが、説明的なセリフを入れることが意味あるときもあるはずです。
最後のコマはプロットにあった絵の通りに。
・いろいろ揉める二人
ヒアリングで出てきたのは以下の要素です。
↓ネームに
南くんの情けなさが出るようにエレベーターに頭を打つシーンを入れました。
こういう細かいコメディっぽい描写を入れることで全体的なポップさが担保できるといいな〜。
ここはプロットとヒアリングの通りです。
新聞を配るんじゃなくて下に戻すことにするとか、細かい描写を繋がりを見て変えてきます。
・死体遺棄のために山へ
ヒアリングで以下の要素もありました。
ここは自分にしっかり任されているところですので、コメディシーンを入れつつ、物語を進めましょう。
ネーム↓
「こわいんだよ〜を頻繁に言わせてほしい」とあるので、毛布を取ってくるところで合鍵を持っているというシーンを入れてみました。
スコップを持ってないかもと思ったので、それを軸に南くんが「こわいよ〜」となる会話を作りました。ここらへんの会話の流れはとても気に入ってます。
財布からお金を取ってほしいということだったのでコンビニに行かせました。死体を載せてハラハラしている南くんとマイペースの北さんの対比が生まれたかな。一人になった南くんを描けるのも良かったと思います。
あと、今までギャグっぽかった「怖いって」が真剣なセリフとして使われる、みたいなことをして少し空気を変えていくといい感じにそのシーンが締まる気がしますね。
・死体を遺棄する
プロットではこれだけですが、聞き取りをしたときに死体遺棄のシーンでは以下の要素を入れてほしいというのがありました。
頑張ります……!
ネーム↓
軍手のやりとりは北さんの自分勝手さと南くんの情けなさを表現するのと、コンビニに行った意味をもうひとつくらい作っておきたくて入れました。
こういう場面ごとの繋がりを小さくでも作ることが物語のまとまりを作る気がします。
急に挟まれる変なエピソードだからこそ、しっかり印象的なアクションにしたいですね。テンポよい会話を心がけます。
「もしかして先輩?」「違う違う」みたいなシーンはポップにするために入れているコメディシーンなんですが、そこまで笑えるやり取りをする必要はないといか、こういうところで変に狙いに行ったギャグいれると悪目立ちする気がします。つまり「面白いセリフ」を描くのではなく「面白いっぽいセリフ」を描くほうがいい場面があるというか……。という、あんまり面白くないやりとりを入れてしまったことに対する言い訳でした。
※遺棄のシーンではプロットの「SEXしてぇな…」の要素が一切残ってないですね。
多分間に挟まる脇のエピソードが強過ぎたので、入れられなかったんだと思います。
でも、なにか入れ方あったんじゃないかな〜とちょっといまは思います。
・遺棄終わりのセックス
↓ネーム
遺棄のシーンで「SEXしてぇな…」が入れられなかったので、手が触れ合ってキュンとして性欲が高まるというのを入れています。
あるある的な場面から異常なSEXになだれ込むのは、ギャップがあっていいですね。
ぴょんぴょんと飛ぶ北さんがお気に入り。
↓ネーム
これはもう何も説明いらないですよね?
描きたいと書かれたシーンが映えるようにネームにするだけです。
・逮捕
ヒアリングでは以下の要素が。
ついにラストシーンですね。
セリフも絵も書いてあるでの、あとはどう演出するかですね。
↓ネームへ
めくりにしっかりセリフを配置。
警察がいきなり集まっているのは前ページとのギャップがあっていいと思います。
お金を盗んだこととセックスしたことを言わなかった理由は、北さんから口止めされたからというシーンを入れてみました。
セックスシーンで二人の絡みが終わってしまうのもさみしいと思ったので。
クライマックスシーンですね。
さて、これが一番の変更点です。
ラストに1ページ追加させてもらいました。
南くんのヤバさでこの物語を終えたほうが分かりやすいのかな?というような判断です。また、こういう感じの終わり方は岩浪さんの絵に合うだろうとも思いました。
以上、ネームでした!
これを編集さんに送って、OK出たら作画してもらって、そして掲載へ――。
いい漫画が完成しました!
まとめ
こんな感じで作ったのが『ぼくさつのやつ』です。
とても楽しく作ることができた思い出深い作品です。
今からでもぜひいろんな人に勧めてみてください。
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週刊ヤングジャンプにて『セーフセックス』を連載しています。
作画は『ぼくさつのやつ』と同じ岩浪先生です。
また、この『セーフセックス』の読み切り版の書き方についても記事を書いています。ネームの作り方について興味がある方は、ぜひ読んでみてください。
最後までありがとうございました。
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