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【北朝鮮】有本恵子さんの悲しき運命【拉致被害者、行方不明】

北朝鮮に拉致された石岡亨さんが決死の覚悟で町で見かけたポーランド人に手紙を託し、奇跡的に両親の手元に届き、それを北朝鮮と繋がりのある土井たか子に見せて救出を懇願。

しかし、当時マドンナとして人気のあった土井たか子は「そんないい加減なことを言うな💢」とご家族を罵倒した。

あろうことか、その手紙は土井たか子の手から朝鮮総連に渡り、北朝鮮当局の知るところとなった。

2002年9月17日北朝鮮側から恵子さん死亡と伝えられ、さらに死亡とされる日が石岡さんの手紙到着の2ヵ月後だったことから「社民党から筒抜けだったんだ。社民党が北朝鮮に連絡してすぐに処刑されたに違いない」と憤激。

「社民党、わたしあれ、日本の政治家やと思っとりませんよ。北朝鮮の政治家。」

有本恵子wiki

1982年4月からロンドンで1年間の語学留学をしたが、1983年(昭和58年)8月頃、「よど号事件」のハイジャック犯の妻であった八尾恵に声をかけられ、北朝鮮に拉致された。当時23歳だった。

「有本恵子さん」の母親、嘉代子さん逝去 優しかった「八尾恵」への対応

有本恵子氏を拉致した八尾恵氏の謝罪本。この本を読めば、朝鮮労働党の手先と化したよど号ハイジャック犯や彼らの日本人妻たちの拉致実行の実態が分かる。菅直人は、主体思想に洗脳されて育った彼らの息子の三鷹市議への擁立を企てた市民の党に巨額献金した。菅の後継が松下玲子。

松下玲子…

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売国奴たちの企みは今でも現在進行中…


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