6. ハイチでの展開(ヴードゥー)
2001年に書いた「アフリカン・アメリカンの宗教と音楽」の第6回目です。
ハイチには早くから逃亡奴隷の強力な共同体マルーンが存在し、ハイチのアフリカ系宗教である「ヴードゥー(ヴォドゥ)」を支えとしながら奴隷性に抵抗して、1804年に世界初の黒人共和国として独立を獲得した。
その後、一時的にアメリカの占領を経て、ヴードゥー的文化のリバイバルが起り、ヴードゥーは国教的存在になった。
ハイチはベニンのフォン族の影響が強く、ヴードゥーはフォン族に由来する宗教を中心に、様々な部族の宗教がミックスされて生まれた。
だから、フォン族の宗教が本来持っていた体系性はなくなっている。
ハイチとその文化は、最初に独立した黒人文化だったために、周辺諸国から怖れられ、ヴードゥーもゾンビのイメージと共に極端に差別的な誤解を受け、戯画化されている。
大きく分けて、ヴードゥーにはフォン族に由来する「ラダ」の神々と、コンゴのバントゥー族に由来する「ペトロ」の神々の2つのグループがあって、これが宗派のようになっている。
ハイチではフォン族が強く、フォン族の宗教の方が高度に組織化されていたので、「ラダ」の神々は上級の高貴な神々、「ペトロ」の神々は下級の恐ろしい神々となっている。
しかし、「ペトロ」の神々は力が強く、病気治療、願望成就、悪霊からの守護に力を発揮する。
つまり、「ラダ」の神々はより宗教的で、「ペトロ」の神々はより呪術的だ。
ただ、両方の多くの神々は同じ名前を持っていて、「ペトロ」の神の名前には「ラーダ」の神の名の後に「ジェ・ルージュ(赤い目)」がつく。
このことは、単に2つの部族の神々がそのままで合わされたのではなくて、まず、抽象的に2つの神々の領域が分けられて設定され、その上で神々が配当されなおされていることを予想させる。
一般に、「ラダ」のリズムやダンスは律動的で、「ペトロ」のリズムやダンスは不規則だ。
ブードゥーの最上位の聖職者であるフーンガン(司祭)は、神々から選ばれてなり、神からもらった秘密の儀式用の言葉をしゃべる。
これらの点ではシャーマンに似ている。
ヴードゥーの主要な神々を紹介しよう。
最高位の神「ダンバラー」は、創造神話におけるその位置は不明だが、世界の源という性質を持っている。
蛇としても現われ、モーゼに重ねられている。
杖や十字架がその象徴だ。「ダンバラー」は家庭の平和と愛の神でもあり、栄達を願う時にのみ彼に祈る。
彼の第1の妻は「アイーダ」だ。
本来のフォン族の最高神のカップルはマウとリサだったから、まったく一致しない。
ヴードゥーで一番人気の女神は、聖母マリアに重ねられている「エルズーリー」だ。
彼女は性愛の女神だから、本当はマグダラのマリアに重ねるべきだろう。彼女へのラヴ・ソングはとても人気のある歌だ。
鉄神は「オグー」。
名前的にはヨルバ族の「オグン」とフォン族の「グー」の中間で、「オグー」にはフォン族の「グー」にあったような文化英雄としての姿はないようだ。
儀礼で最初に祀る仲介神は「レグバ」。
フォン族の「レグバ」と近い性質が残っている。
儀式で2番目に祀るのは「ロコ」。
知識と薬、そして植物の神で、様々なことを教えてくれるからだ。
海・水の神は「アグウェタロヨ」で、フォン族の「アグレケテ」に近い名前だ。
他に重要な神としては、貧者の神、体制批判の神、死神の「ゲデ」、やはり死神で医の神の「バロン」などだ。
ハイチでは秘密結社が多く存在していて、社会の重要な組織となっているのも特徴だ。
西アフリカでは秘密結社は、部族によって違いはあるが、ごくありふれた、社会を支える基本的な存在で、誰もが複数の結社に属していたりする。
といっても基本的には階層的に組織されて、霊的な知識と技術を順次伝授するという性質を持っている。
年令集団、職業集団なども秘密結社で、日本で言えば、PTAや労働組合、生協や生徒総会なんかが秘密結社になっているようなものだ。秘密結社という社会組織は、社会の集権的な組織化に対抗するところに意味があるのだろう。
ハイチの結社はマルーンの結社に由来し、国の組織やヴードゥーの教会組織とは異なるもう一つの組織だ。
それは、農民の良心による扶助・調停的な共同体であって、行政、司法、場合によっては軍事的な機能をはたしている。
ハイチの普通のタイプの秘密結社は「ビザンゴ」と呼ばれる。
フランスの政府機関を模した階級組織、棺を崇拝するといった特徴を持っている。
ビザンゴ結社は犯罪的な行為をなした人に対して、呪術的な側面をも含めて制裁を加える。
だから、「ビザンゴ」は「ペトロ」的だと言えるだろう。有名なゾンビは、フグ系の毒によって、一時的な仮死状態と恒久的な人格の破壊という刑罰を与えられた者だ。
ただ、この時、ゾンビの魂は抜き出されて捕まえられていると考えられている。
ヴードゥーの音楽は、豪華ブックレット付きの『Angels In The Mirror』(ellipsis art...)、『Rhythms Of Raoture: Sacred Musics Of HAitian Vodou』(SMITHSONIAN FOLKWAYS)、『Haitian Voodoo』(SOUNDS OF THE WORLD)などで聴ける。
『Rhythms Of Raoture』は純粋な儀式音楽だけでなく、ポピュラー・ミュージックよりのストリート系ア-ティストの作品まで視野に入れて編集されているのが特徴だ。
ストリート系のアーティストでは、ハイチのスーパー・グループBOUKMAN EKSPERYANSがハイチのストリート・ミュージックの「コンパ」にヴードゥーの思想・音楽を取り入れた。
91年にISLAND/ MANGOからリリースした1stアルバム『Vodou Adjae』は、タイトルにもヴードゥーを掲げている。ちなみに「ブークマン」という名前は、最初の独立運動を鼓舞した人物(ヴードゥーの祈祷師?)からきている。
クラブ系のサウンドでは、NYのスピリチゥアル・ハウス系プロデューサーのJEPHTE GUILLAUMEが、ヴードゥーのリズムを取り入れたハウス・ビートを作っている。
彼のヒット曲“Ibo Lele”はこのイボ族系の神をテーマにした曲だろう。