ヴィシュヌ教、シヴァ教、シャクティ教
「神秘主義思想史」に書いた文書を少し編集して転載します。
ヒンドゥー教を総称されるインドの3つの宗教についてです。
一般に、「ヴァイシュナヴァ」、「シャイヴァ」、「シャークタ」は、日本では、ヒンドゥー教の「ヴィシュヌ派」、「シヴァ派」、「シャークタ派」と表現されます。
ですが、それぞれは主神が異なり、特に前2者はそれぞれを至高神とし、一元論的な思想も持つため、当サイトでは、「ヴィシュヌ教」、「シヴァ教」、「シャクティ教」と表現します。
一般に、後者ほど、中世において、タントラ、つまり、神秘主義的傾向が強くなります。
ヴィシュヌ教
ヴィシュヌ教(ヴァイシュナヴァ)は、様々な信仰の対象を、ヴィシュヌが「化身(アヴァターラ)」した存在であるとし、その信仰を取り入れつつ大きくなりました。
中心となるのは、クリシュナ信仰、ヴァースデーヴァ信仰、ラーナーヤナ信仰、ラーマ信仰です。
これらを除くと、純粋なヴィシュヌ信仰というのは、あまり内容のないものになります。
ヴィシュヌ神は、ヴェーダにおいては、雷神インドラに協力する神で、偏在する太陽光の神格化とされますが、あまり重要な神ではありませんでした。
最高神に上り詰めるのは、他の信仰を取り入れたプラーナ文献の時代です。
ヴィシュヌ教の源流は、西北インドの非アーリア系クシャトリアのヤーダヴァ族のクリシュナが始めた「バーガヴァタ教」です。
これは太陽神「バガヴァット(=ヴァースデーヴァ)」を信仰するもので、BC8C頃に生まれました。
神格化された父の「ヴァースデーヴァ」、その兄「サンカルシャナ」、息子「プラドユナム」、孫「アニルッダ」は、元来は同族の実在人物だったようです。
この信仰では、神へのバクティ(親愛)を重視します。
一方、「ナーラーヤナ」は、「神々の休息所」とも言われ、「原初の水」と関係し、未顕現な存在であり、ブラフマーとも同一視される神です。
「マハーバーラタ」と諸「プラーナ」では、世界創造の最高神として、乳海の中で蛇のベッドの上で横たわる「ナーラーヤナ」の姿が描かれます。
この姿は、後に、ヴィシュヌやトリプラスンダリー信仰にも取り入れられます。
そして、「ナーラーヤナ」の4つの相の内の1つが「ヴァースデーヴァ」とされました。
また、叙事詩時代に、「ヴァースデーヴァ」が「ヴィシュヌ」と同一視されるようになりました。
必然的に、「ヴィシュヌ」は「ナーラーヤナ」とも同一視されます。
その後、クリシュナと、アービーラ族の牧童信仰が習合した「クリシュナ」信仰が広がり、「ヴァースデーヴァ」=「ヴィシュヌ」の化身とされるようになります。
さらに、「ラーマーヤナ」の主人公で理想の君主である「ラーマ」も「ヴィシュヌ」の化身と考えられるようになりました。
「バガヴァッド・ギーター」は、様々なバラモン哲学、ヨガの影響を受けた聖典ですが、その原型は、バ―ガヴァタ教(ヴィシュヌ教バーガヴァタ派)の文献です。
教えを説くクリシュナがヴィシュヌの化身ですので、ヴィシュヌ教の、その神学が体系化する以前の表現であるとも言えます。
そして、解脱を獲得するための方法として、「カルマ・ヨガ」、「バクティ・ヨガ」、「ジュニャーナ・ヨガ」が説かれます。
「カルマ・ヨガ」は、私欲を離れて結果を期待せずに仕事などの行為を行う道で、それによって、ダルマに一致し、カルマの影響を受けないとします。
「バクティ・ヨガ」は、最高神への「帰依」を行う道です。
ヴィシュヌ教では、どの派も「ヴァースデーヴァ」を最高神としますが、「ラーナーヤナ」、「クリシュナ」、「ラーマ」については、諸派によって重要度が異なります。
ヴィシュヌ教の哲学者の中でも、信仰する神は異なります。
ラーマーヌジャは「ナーラーヤナ」、マドヴァは「ラーマ」、ヴァッラバは「クリシュナ」です。
シヴァ教
シヴァ神は、インダス文明や狩猟文化にまで遡る神ですが、その後、「ヴェーダ」の非アーリア系の神である暴風雨神ルドラと習合して生まれた神です。
ヴィシュヌ教は「化身(アヴァターラ)」という論理で様々な信仰を統合しきましたが、シヴァ教は「相(ムールティ)」という論理で、様々な信仰を統合したという側面があります。
そのため、シヴァは、「マヘーシュヴァラ(大自在神)」、「ヴァイラヴァ(シヴァの畏怖相)」、「マハーカーラ(大黒)」、「パシュパティ(獣主)」、「リンガ(シヴァの男根相)」、「ナタ・ラージャ(舞踏王)」などなど、様々な名で呼ばれ、様々な相を見せます。
また、シヴァ教(シャイヴァ)はその妃を崇拝するシャクティ教と不可分であり、各地の女神信仰を、シヴァの妃であるシャクティとして取り込んで発展しました。
第一の妃は、パールヴァティですが、様々な女神がパールヴァティの生まれ変わりとされます。
また、シヴァの畏怖相の「ヴァイラヴァ」は、「七母神」や「八母神」と呼ばれる「母神(マートリ)」の夫となりました。
「ヴェーダ」では、恐ろしいルドラの温和な姿が「シヴァ」と呼ばれました。
ですが、ヒンドゥーでは、ヴィシュヌが温和、シヴァが恐ろしい姿を代表します。
ルドラは火葬場や森といった恐ろしい場所の神になり、それらの場所の人々の神になったためでしょう。
シヴァは、「アタルヴァ・ヴェーダ」ではすでに最高神になりました。
リンガという男根相は、地方土着のニシャーダ族の信仰が習合したものです。
シヴァには、遊行の苦行者、水の主、狩猟の神などの性質があります。
シヴァは、苦行者の巻き髪をし、天からのガンジスを頭で受け止める、虎の皮を腰に巻き、三日月の飾りをつけ、三叉戟とダルマ太鼓を持ち、牛を連れ、遺体の灰を体に塗って青白い肌の色をしています。
シヴァ教は、その遊行苦行者などの性質から、ヴィシュヌ教よりもタントラ的要素が大きく、また、第4カーストやアウトカーストの要素が強い宗教です。
一般に、シヴァ教には、「パーシュパタ派」、「聖典シヴァ派」、「カシミール・シヴァ派」、「ヴィーラ派」、「カーパーラ派」、「カーラームカ派」、「ナータ派」などがあります。
シヴァ教の古層をなすパーシュパタ派は、「パーシュパタ・スートラ」を著したラクリーシャを開祖的存在とし、2C頃に西北ンドで生まれ、後に、インド各地に広がりました。
パーシュパタ派には、次のような特徴があります。
苦の克服を重視する、日に三度の灰の沐浴を日課とする、高笑い・歌・踊り・牝牛の唸り声・礼拝・頌を唱えるという6種の奉納を勤めとする、市中で様々な奇行を行って非難に耐えることで業を浄化することを重視するなどです。
また、パーシュパタ派は、単なる苦の滅だけでなく、高次の心の能力を得ることも目的としています。
死期には火葬場に住んで、ルドラ=シヴァを観想し、死後に、シヴァと一体化する、もしくは、シヴァの御足に達することを目指します。
パーシュパタ派は、存在を3つに分けます。
「パティ(主)」である最高神のシヴァ、「パシュ(家畜)」である「個我」(本来はシヴァと一体)、そして、「パーシャ(縄)」である、「個我」をシヴァから離し制限する覆いです。
最後の「パーシャ」には、次の3つがあります。
「個我」の根源的な汚れ「マラ」、原物質・質料因の「マーヤー」、「カルマ(業)」です。
「カルマ」は、「個我」を世界に縛り付けるという悪業・悪行の意味だけでなく、「個我の汚れ」を落す善業・善行でもあります。
シャクティ教
シャクティ教(シャークタ)は、シヴァやその畏怖相のヴァイラヴァの妃を信仰するタントラの一派です。
ですから、シヴァ教と明確に区別することは困難です。
シャクティ教は、シヴァ教の中のタントラ的要素が強い派であるという側面もあります。
様々な各地の女神をシヴァの妃として、パールヴァティの生まれ変わりとして統合して大きな勢力となった点は、シヴァ教やヴィシュヌ教と似ています。
女神の本質はシヴァの「シャクティ」とされますが、これは、「力」、「威力」、「能力」、「エネルギー」、「精力」、「創造力」などを意味します。
シャクティ教の主神は、派によって異なりますが、「アーナンダヴァイラヴィー」、「マハーヴァイラヴィー」、「トリプラスンダリー」、「ラリター」などです。
「ヴァイラヴィー」は畏怖相を意味する名前で、「ラリター」は温和相の女神です。
「トリプラスンダリー」は、金と銀と鉄でできた阿修羅の住む3都市トリプラの女神で、ドゥルーガーの一つの姿とされます。
女神は、甘露の海の中にある宮殿で、シヴァを寝椅子にして横たわる姿として描かれることがあります。
これは、ナーラーヤナ、ヴィシュヌと同様の姿で、非顕現な宇宙の創造力を象徴します。
シャクティ派の聖典となる「デーヴィー・マーハートミャ(女神の偉大さ)」は、6C頃(5~8Cの諸説あり)北インドで成立しました。
この聖典は、様々な神々の体から生まれるエネルギー「シャクティ」としての女神・女性原理が悪神を倒す物語が語られます。
この女神は、「デーヴィー」、「ドゥルーガー」、「カーリー」、「サプタ・マートリカー(七母神)」などの姿になり、「チャンディカー」=「激しく怒る者」など様々な呼び名で呼ばれます。
女神には、温和な相、官能的な相(シャクティ)、恐ろしい相(ヴァイラヴィー)、少女相(クマ-リー)などがありますが、「デーヴィー・マーハートミャ」やシャクティ教では、その忿怒、調伏の性格が強調されています。
これらの女神は、死と創造が一体の、エネルギーで、農耕文化の地母神の性質を受け継いでいるようです。
「デーヴィー・マーハートミャ」は、3話からなりますが、いずれもアスラを倒す物語が中心です。
第一話の主人公は「デーヴィー」で、宇宙創造時の秩序回復者とされ、「闇の女神」、「シャクティ」、「プラクリティ」、「世界を創造し、守護し、食べる者」などと呼ばれます。
第二話の主人公は「ドゥルーガー」で、神々の体から飛び出した熱光が集まり、光る女神になります。
第三話の主人公は「カーリー」で、パールヴァティの体から生まれ、「チャンディカー」、「アンビカー」、「チャームナンダー」などと呼ばれ、また、「サプタ・マートリカー(七母神)」も登場します。
3教の宇宙論
各派の宇宙創造論の階層をは以下の通りです。
サーンキヤ哲学の25原理の上に、有神論的な原理を置くという共通性があります。