イスマーイール西方派の救済神話
「神秘主義思想史」に書いた文書を編集して転載します。
悪神と善神の戦い、天使的存在と人間の堕落、預言者や教師、霊性の救済、終末における救世主、最後の審判などをテーマとした「救済神話」は、ゾロアスター教に始まり、ユダヤ教、キリスト教、ミトラ教、マニ教、イスラム教などに引き継がれ、発展しました。
イスラム教のイスマーイール・タイイブ派の救済神話は、その完成形の一つでしょう。
イスマーイール派の流れと思想
イスラム教のスンニ派とシーア派の関係は、仏教の顕教と密教の関係に似ているところがあります。
後者は、教義や儀式に表現的な意味だけでなく、内面的な秘密の意味を認めます。
そして、イマームは預言者がもたらした啓示の真の意味を解き明かす存在であるとしました。
9Cにイラク、シリアで生まれたイスマーイール派(7イマーム派)は、シーア派の一派ですが、秘教的的な性質が強く、スーパー・シーア派と呼ばれることもあります。
スーパー・シーア派は、よりミスラ教、マニ教の影響の濃く、その秘教の伝統を重視します。
12イマーム派が外面的な意味は秘教的な意味によって深められるべきと考えたのに対して、イスマーイール派などのスーパー・シーア派は、秘教的な意味によって外的な意味は根絶させるべきだと考えたのです。
10C初めにイスマーイール派はファーティマ朝を興します。
ファーティマ朝の主流派はムスターリー派(西方派)と呼ばれ、その後、イエメンのスライフ朝のタイイブ派に受け継がれます。
一方、終末を無限に先延ばしにする主流派からは、より過激なドゥルーズ派や、ニザール派(東方派)などの分派を生みました。
初期のイスマーイール派の思想は、グノーシス主義的、終末論的な神話性です。
その神話は、7人の預言者に対応する「7周期」の歴史観と、終末におけるマフディ(カーイム)による救済が、ほぼ共通した要素です。
そこに、堕落神話や秘教的な文字学などの要素が加わります。
しかし、ファーティマ朝以降、徐々に新プラトン主義や、ファーラビー以降のペルシャ学派の哲学の影響を受け入れ、神話と哲学の融合がなされていきました。
特にファーティマ朝の哲学者キルマーニーが神話的側面を減少させましたが、タイイブ派では再度、神話性が取り戻されました。
また、イスマーイール派の大きな特徴は、聖職者のヒエラルキー組織を持っていることですが、そのヒエラルキーは、宇宙論的に根拠づけられています。
タイイブ派の救済神話
タイイブ派はキルマーニーの思想を受け継ぎましたが、ハーミディーの頃からタイイブ派独自の世界観が作られ始めました。
そして、そこにアダム堕落神話などの神話的要素を結びつけました。
まず、神は「不可知」の存在であり、「存在するもの」ではなく「存在させるもの」と考えます。
神に「あれ!」と言われて存在するのが、「第一知性体」です。
これは、啓示されたイスラム教の神「アッラー」でもあります。
この「第一知性体」は、神を愛しながらこれを知りえないために嘆く存在です。
これはキリスト教やグノーシス主義に近い発想です。
「第一知性体」は、「普遍的霊魂(新プラトン主義の言う「純粋霊魂」に相当するもの)」である「第二知性体」を流出します。
「第一知性体」は自らの中に「限界(グノーシス主義で言う「境界」)」を持つため、「第二知性体」との間に断絶が存在します。
「第一知性体」は「召集」を行なって霊的な諸存在を組織しようとします。
これはグノーシス主義で言うアイオーン界のプロレーマです。
「第二知性体」はこの呼びかけに答えて、8つの知性体を流出し、プロレーマを形成します。
しかし、「天上のアダム」である「第三知性体」はこれを拒否します。
「第三知性体」は過信と忘却のため、「第一知性」を神と誤解し、「第二知性」の自分に対する優越性も認めませんでした。
あるいは、「限界」を拒否して、イブリース(おごり)の悪魔的な陰を低い世界に投げかけた、とも言われます。
こうして、「第三知性体」は堕落して「第十知性体」となります。
これは「堕落したアダム」、「霊的アダム」と呼ばれます。
この「堕落したアダム」は霊的世界にとどまる限りこの闇から逃れられないことを知って、物質世界を作ります。
堕落から復帰するために物質世界を作ったという考えは、ユニークで興味深いものです。
「堕落したアダム」は、「能動的知性」であり、啓示の天使ジブリール(ガブリエル)であり、キリスト教の聖霊でもあります。
そして、地上の自然や聖職者組織を導く存在となります。
物質世界には「地上のアダム(普遍的アダム)」に始まる人間が生まれます。
「地上のアダム」は霊的世界の組織に対応するように27人の階層的な組織(召集)を作ると、「第十知性体(堕落したアダム)」のところに上昇します。
その後、「地上のアダム」の7人のイマームが順にここに上昇し、「第十知性体」とそれ以上のすべての階層の知性体は1段階層を上昇(第9知性体のレベル)します。
その後、隠れイマームの時期を経て新たな預言者(告知者)とそのイマームの時期が繰り返されます。
預言者は「普遍的霊魂」の7つの部分の一つであり、「部分的アダム」とも呼ばれます。
預言者はアダムに始まり、ノア、アブラハム、モーゼ、イエス、ムハンマド、最後に「カーイム(時の主、復活のイマーム)」と呼ばれる存在と全部で7人が続きます。
つまり、7つの周期があり、ムハンマドは6回目を開く預言者なのです。
1つの周期が終わるごとに、「堕落したアダム」は1段1段と位階を上昇します。
そして、最後の「復活のイマーム」の上昇をまって、「堕落したアダム」は第2知性体のそばにまで復帰するのです。
この大復活には36万年の36万倍かかります。
つまり、宇宙創造の目的は、人類の天使である天上のアダムが失った地位を回復するための機構を作ることだったのです。
地上の位階組織は天上のそれに対応したもので、10段階からなっています。
まず、「第一知性体」に対応するのが「預言者(告知者)」、「第二知性体」に対応するのが「イマーム(霊的なイマーム)」、「第三知性体」に対応するのが地上に現れる7人1組としてのイマームです。
一般の信者は信仰によって一条の光が信者の魂と結びつきます。
この光は信者の行動によって「光の形・性質」として育ちます。
この「光の形・性質」は信者を1つ上の位階の存在と結びつけます。
そして、位階の上層部には1人のイマームと多数の「光の形・性質」を中心とする「光の寺院」が存在して、信者はそこに結びつきます。
この「光の寺院」はイマームと共に「第十知性体」のところに上昇します。
そして、やがて7人のイマームによる「光の寺院」が結びつき、「至高の光の寺院」が生まれます。
このミスラ教・シーア派系の霊的世界に存在する導師達の組織という発想は、仏教の仏や菩薩達の階層的な組織の発想と似ているので、互いに影響を与えあったのかもしれません。
ただ、二ザール派(東方派)では、イマームを「第一知性体」に対応するもの、預言者を「第三知性体」に対応するものと考えました。
ですから、第6の周期を開くために現れたのもムハンマドではなく、イマームのアリーで、アリーが小化身であるイマーム達を送るのです。
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