NLP(神経言語プログラミング)は魔術か?
ドナルド・マイケル・クレイグの『モダンマジック』は、近年で最も優れた実践魔術の入門書という評価を得ています。
この書では、第3版(2010年)から、NLP(神経言語プログラミング)を「魔術」の一種として取り上げています。
NLPは、能力開発的な性質を持つ「心理療法」の一つであり、もちろん、一般には「魔術」として受け止められていません。
一方で、NLPの創始者が、最初の著作のタイトルを「魔術の構造」として以来、NLPでは、NLPの方法を比喩的に「魔術」と表現することが良くあります。
私は、『世界の瞑想法』というWEBサイトで、「魔術」や「夢見の術」、そして、「心理療法」に当たるものも含めて、幅広い観点から世界の様々な「瞑想法」を扱いました。
そして、このサイトでは、少しですが、NLPも紹介しました。
私は、昨年、日本で翻訳された『モダンマジック』を読んだのですが、NLPが「魔術」というカテゴリーで扱われていることに驚きました。
もちろん、「魔術」であるかどうか、「瞑想」であるかどうかは、定義しだいなのですが。
本投稿では、NLPと「魔術」というテーマで、両者を比較しながら雑談します。
NLPについては、様々な技法、理論がありますが、魔術との親近性のある部分を紹介します。
NLPとは
NLP(神経言語プログラミング)というのは、1970年代初頭、数学、心理学の学生だったリチャード・バンドラーと、言語学の助教授だったジョン・グリンダーによって作られたものです。
NLPは、心理学の認知行動モデルであり、コミュニケーション・モデルです。
認知行動心理学の一学派であり、心理療法です。
NLPは、催眠療法のミルトン・エリクソン、ゲシュタルト療法のフリッツ・パールズ、家族療法のバージニア・サティアという3人の有名な心理療法家の療法が、なぜ成功するかを研究して、そのモデルを抽出する中で生まれました。
NLPは、人間の認識、思考、行動の方法が、感覚的なものと言語によってプログラムされたものと見なし、それをリプログラムすることを目指します。
具体的には、感覚の要素の組み合わせで作られている体験の記憶などの心象風景を、イメージ操作によって変えます。
それによって、トラウマやコンプレックスを解消したり、セフルイメージや目的意識を高めて能力を伸ばしたり、何かを実現することを目的とします。
NLPの具体的方法
以下、NLPの具体的な方法として、イメージ、感覚(フィーリング)を肯定的な方向に操作する方法を紹介します。
イメージを使ったこんな単純な自己暗示に効果があるだろうか、と思われるかもしれませんが…
・強度を弱める
記憶というものは、そもそも現実をそのまま映したものではありません。
また、記憶は変わらないものではなく常に変わっていくものです。
そして、人は現実の記憶と想像の記憶を区別できません。
ですから、否定的な体験の記憶を、意図的に、肯定的な方向に書き換えることで、人を変え、成長させることもできます。
例えば、上司に無能だと激しく叱られたことがあり、それがトラウマになって何事にも自信が持てなくなっている人がいたとします。
その場合、この過去の体験の感情を、イメージの操作によって弱めることができます。
この体験を思い出した時、それが眼の前で上司から怒られている体験だとします。
例えば、この体験を、傍観者の立場で映画のスクリーンを見るように変えることで、その感情の強度を弱めることができます。
あるいは、そのスクリーンを小さくすること、上司を小さくすること、カラーではなくモノクロにすること、明るさを暗くすること、鮮やかさを弱めることで、強度を弱めることができます。
あるいは、動画のスピードを早くしたり、逆回転したりすることでも、それを弱めることができます。
あるいは、上司の声を小さくしたり、声色を柔らかくしたりすることでも、弱めることができます。
NLPでは、こういった体験の記憶、心象風景を構成している視覚・聴覚・触覚などの感覚領域を「モダリティ」、その細かい属性・要素を「サブモダリティ」と呼びます。
個々人、個々の体験にとって重要な「サブモダリティ」を見つけて、イメージの中で操作して置き換えることで、結果的に人格を変えることができるのです。
・強度を高める(未来ペース)
例えば、上司に褒められることを目標としているなら、褒められていることイメージすることで、その目標を自分の中でしっかり確立し、それを実現に導くことができます。
この場合、上記した強度を弱める場合と逆の形のイメージ操作によって、体験の強度を高めます。
つまり、傍観者ではなく体験者の立場にする、上司を近づける、明るくする、声を大きくするなどによってです。
・置き換える(スイッシング)
過去の体験を書き換える時には、例えば、上司に叱られた体験の記憶を、褒められた体験の記憶に置き換えることも効果的です。
まず、眼の前の大きなスクリーンに、叱られている映像を流します。
その右下に小さいスクリーンを置き、そこにほめられている映像を流します。
右下の褒められているスクリーンを左上に向かって拡大し、叱られている大きな映像を小さくしていきます。
同時に、褒められている映像の明るさを明るくし、叱られている映像を暗くしていきます。
あるいは、褒められている映像を鮮やかにして、叱られている映像をモノクロにしていきます。
この置き換えは、スピーディーに、何度か繰り返します。
・確信と疑惑の場所
NLPでは、内なるフィーリングは必ず身体の特定の場所で感じると考えます。
そして、そのフィーリングは特定の方向で回転していることもあります。
また、何かを考える時、そのイメージは空間上の特定の場所、あるいは、視野の特定の場所に特定のサイズで存在すると。
人が何かを確信している時、その確信のフィーリングをどこかの場所で感じています。
例えば、胸のすぐ前で感じているとすれば、そこがその人の「確信の場所」です。
逆に、信じていない感覚は、背中のすぐ後ろであれば、そこがその人の「疑惑の場所」です。
確信のフィーリングは、その「確信の場所」で、前向きに回転しているかもしれません。
逆に、疑惑のフィーリングは、「疑惑の場所」で後ろ向きに回転しているかもしれません。
また、確信していることを映像イメージで思い浮かべる時、それが視野の中央にあれば、それが「確信の場所」です。
一方、疑っていることを思い浮かべると、それが視野の右下の隅にあれば、それが「疑惑の場所」です。
良く上司に叱られて自信がない人は、自信がないというフィーリングやそれを思い浮かべる映像は、「確信の場所」にあるハズです。
そのフィーリングや動画イメージを、「疑惑の場」所に移して体験すると、その自信のなさを弱めることができます。
また、自信のなさのフィーリングの前向きに回転を、速度を落とし、逆回転させて弱めることができます。
そして、上司に褒められている動画イメージや自信のあるフィーリングを、「疑惑の場所」から「確信の場所」に移します。
これによって、自信を取り戻すことができます。
・ライムライン
人は、時間の流れを、空間的に配置して受け止めています。
これをタイムラインと言います。
例えば、ある人のタイムラインは、過去が左やや前方にあり、そこから右に時間が流れ、目の前で現在になり、右やや前方が未来かもしれません。
あるいは、過去は自分の背後にあり、前に向かって時間が流れ、自分の場所を現在として、未来はさらに自分の前方に流れているかもしれません。
体験のスクリーンは、タイムライン上に配列されています。
スクリーンは、現在が一番大きく、過去や未来の離れるほど、小さくなっていくかもしれません。
上司に叱られた体験を弱めたり書き換える場合、タイムライン上で、その体験の時間にまで遡り、そこのスクリーンでイメージを書き換えたり、置き換えたりします。
過去の自分がいるスクリーンの中に、今の自分が入り込んで、過去の自分を激励して安心させることもできます。
そして、変化した過去の自分を今の自分が吸収し、その変化を実感します。
さらに、タイムライン上の未来に移動して、変わった自分が、自信をもって行動したり、上司に褒められたりするのを体験します。
NLPとトランス状態
私は、初めてNLPの具体的な方法を知った時、こんな方法があったか、絶対に効果があるだろう、と思って驚きました。
ですが、NLPは、エビデンスが不十分であるとして、アカデミックな世界では認めない人が多く、コーチングの世界の方で評価されているようです。
バンドラーは、NLPの方法を、トランス状態(変性意識状態、催眠状態)を利用することなく無意識を変えるころができる方法であり、短期間の実習、数分の実践でそれが可能だと語っています。
私は、NLPの成果が上がっていないとすると、これが理由だと思います。
瞑想や魔術は、方法を聞いて実践しても、すぐに効果を上がるものではなく、実習を繰り返して、意識の状態を深めていく中で効果が上がるものです。
瞑想や魔術に慣れ親しんだ人なら、NLPの方法を、深い意識状態で行うことができるので、高い効果を上げることができますが、そうでなければ、効果は限定されるのではないかと思います。
ただ、バンドラーらは、エリクソンの研究を通して、トランス状態(催眠状態)の意味も、導入の技法も充分に理解していましたし、NLPの推進者、実践者の多くは、トランス状態を利用しているのではないかと思います。
タイムライン・マジック
クレイグは、『モダンマジック』で、「NLPは精神的な魔術であり、この先に起きてほしいと望むあらゆることを実現可能とする」と書いています。
彼は、臨床催眠療法士でもあり、NLPのマスタープラクティショナーでもあるので、心理療法にも詳しいようです。
私は、彼以外にどれくらいの魔術師が、NLPを魔術として理解したり、利用したりしているのかという疑問を持っているのですが、残念ながら、これについて知りません。
クレイグが『モダンマジック』で紹介しているNLPの技法を使った魔術は、「タイムライン・マジック」です。
タイムラインを魔術として利用するためには、前提として、自分のタイムラインを理解して、それに慣れる実習を行います。
実際のタイムライン魔術は、以下のような次第で行います。
1のようなリラックスの方法は、催眠療法でも魔術でも行いますが、完全にリラックスした状態は、一種のトランス状態です。
6、7では「視覚化」という魔術用語が使われているので、このイメージは、強力な魔術的なレベルでのものでしょう。
「タイムライン・マジック」は、基本的にはNLPの方法を使っていますが、これらの点では、意識レベルを魔術レベルに深める方法になっていると思います。
ですが、これ以外には、魔術らしい方法は使われていません。
例えば、魔術では、具体的な目的をイメージする以前に、その目的に関わる象徴的な神格の召喚を行って、その力を利用します。
「タイムライン・マジック」では、そのような力の召喚は行いません。
ですが、8で、目的へ導く力を感じる、という部分には、似た効果があるように思います。
NLPと魔術
アレイスター・クロウリーは、魔術を「意志に従って変化を起こす科学であり技術」と定義しました。
クレイグは『モダンマジック』で、この定義に、「西洋科学では理解されていない方法を用いて」という限定を付け加えています。
私は、魔術の定義にはそれほど興味がないのですが、クロウリーの定義は広すぎると感じています。
ですが、「西洋科学では理解されていない」というのは、実際には非常に曖昧で余計だと思います。
クレイグは自然科学を頭に描いているのかもしれませんが、心理学を含めて社会科学や人文科学では、様々な学説があり、判断が難しいからです。
事実、NLPを実用しているセラピストもいれば、その効果を認めていない学者もいます。
クレイグがNLPを「魔術」に含めているということは、彼によってNLPは「科学」ではないことになります。
NLPは、結界も、召喚も、呪符も用いないので、普通に考えれば、魔術ではありません。
ですが、確かに、両者には共通点があります。
目的のイメージを思い描くことで、それを実現しようとします。
これだけでは、心理療法に限らず、目的達成のノウハウとして幅広い分野で使われる技術です。
ですが、魔術と共通点するのは、イメージを思い描く際に、様々な技法と理論があることでしょう。
また、例えば、NLPで映像イメージの感度を上げること(明るくする、大きくするなど)は、トランス状態を利用するしないに関わらず、無意識への影響力を高める方法です。
これは、魔術が様々な技法(非日常的な儀式化、視覚化、力の言葉、各種の興奮による忘我状態の利用など)で、無意識への影響力を高めることと、同じ意味を持つと考えられます。
リソース・アンカー
クレイグが書いている方法ではありませんが、私が「タイムライン・マジック」よりも魔術的だと思う方法がNLPにあります。
それは、「リソース」に対する「アンカー」の設定です。
「リソース」とは、呼び起こすべき精神状態、感情です。
そして、「アンカー」とは、それを呼び起こすきっかけ、ボタンです。
例えば、自分に自信を持てない人の場合、自信のある精神状態、感情を「リソース」とします。
そして、例えば、右手親指と人差し指を交差することを、以下のような方法で「アンカー」として設定します。
まず、過去に自信を感じた体験を思い出し、それをイメージ操作で強度を増して、自信のある状態を呼び起こします。
そして、十分にそれが高まった時に右手親指と人差し指を交差させます。
これを何度か繰り返します。
そして、交差を先に行った後、自信のある状態が呼び起こされるようになることを確認します。
そして、日々の生活の中で、自信が持てない場面に遭遇して不安になった時、アンカーを使うと、自信のある状態を呼び起こして、その場面を切り抜けることができます。
あるいは、過去に叱られたトラウマ体験を書き換えるイメージ操作の時に、アンカーを使いながら行うこともできます。
アンカーは、指のような体のポーズではなく、何かをイメージをすることや、何らかの言葉を発することを設定することもできます。
これら3種のアンカーを設定して同時に行使することもできます。
また、いくつものリソースに対するアンカーを設定して使い分けることもできます。
実は、魔術や呪術、密教の技術体系は、こういったリソースとアンカーの設定でできています。
例えば密教の場合、手印を結ぶこと、尊格の観想(イメージ)、マントラを唱えることはどれも、諸仏が象徴する精神状態のリソースを呼び起こすための、身・口・意のアンカーです。
NLPで3種のアンカーを設定することは、まさに三密加持です。
西洋魔術でも同様です。
魔術的合図、魔術的象徴の視覚化、呪文などがアンカーです。
また、日本古代の呪禁道や陰陽道が使う「掌訣」も、指の関節ごとにアンカーを設定し、リソースを発動することで、それぞれに対応する悪霊、病魔を撃退する呪術を発動します。
魔術とは、基本的な象徴体系をリソースとして、そのアンカーを設定し、それを利用することだと言えます。
卓越性の円
もう一つ、魔術に近いと思う方法があります。
これは、おそらくマイケル・ホールが開発した方法で、「卓越性の円」と呼ばれ、魔術における魔法円や召喚との近さを感じます。
「卓越性の円」は、獲得したい状態を円としてイメージし、それを自分の前の床に置きます。
そして、そこに入り、その獲得した状態のフィーリングを感じ、アンカーし(再現できるようにし)ます。
円から出たり、円に入ったりを何度が繰り返して、その都度、フィーリングを感じます。
再度、円の中に入り、将来にその状態を獲得した自分をイメージ(未来ペース)します。
最初に書いたように、魔法円の中に力を召喚して人に充填する魔術に似ています。
内的不一致の解決
NLPは、自分が望む姿をイメージして実現させようとします。
この点では、一方では、魔術と同じであり、他方では、引き寄せの法則だとか、ポジティブ・シンキングと言われるようなものとも同じです。
こういった方法は、自我中心主義になるという危険性があります。
他にも、現実を正しくみない、弱い自分を受け入れられないといった弊害も生み出しがちです。
高等魔術の場合は、自己超越的なイニシエーションを経て、ハイヤーセルフ(守護霊や至高神)の名のもとで行うもので、自我主義を克服することが前提の体系になっています。
ただ、正しく行われないと、ユンクの言う自我のインフレーション、つまり、自分を神のように思うようになってしまいますが。
NLPがモデルにしたゲシュタルト心理療法も、今ここでの無意識から現れた心への気づきを重視するので、自我主義の克服が中心にあります。
ですが、NLPにはこの側面が弱いように感じます。
あえて探せば、「内的不一致」の解決、調停がこの側面に当たると考えることができるかもしれません。
「内的不一致」とは、何らかの目的に向けた実践をしようとする際に、それを望んでいない自分、別のもの、反対のものを望んでいる自分がいるということです。
「内的不一致」があれば、その実践は良い結果をもたらしません。
「内的不一致」を見つけるには、そのサインに注目します。
例えば、体のどこかに、ある種の違和感を感じるとか。
「内的不一致」がある場合は、それぞれの考え、望みを持つキャラクターを仮想して、両者を対話させて、解決を図ります。
この方法は、自我/非自我、意識/無意識といった観点で語られませんが、深い部分でこの課題を検討、解決するならば、自我主義に陥ることを避ける機会にはなるでしょう。
また、例外的かもしれませんが、マイケル・ホールは、否定的な自己イメージを切り離す時に、自分の心身から超越した「純粋意識」の状態を自覚したり、「高次の自己」を中核として生きる未来の自分をイメージしたりする方法を提唱しています。
また、トランス・パーソナル心理学のロベルト・アサジオリの誘導例を使うことも提唱しています。
彼には、魔術の自己超越への志向と似た考えがあるのでしょう。
*参考書
『モダンマジック』ドナルド・マイケル・クレイグ(国書刊行会)
『神経言語プログラミング』リチャード・バンドラー(東京図書)
『望む人生を手に入れよう』リチャード・バンドラー(エル書房)
『NLPの原理と道具』ジョセフ・オコナー/ジョン・セイモア(パンローリング)
『NLPハンドブック』N・マイケル・ホール(春秋社)