1. 西アフリカの宗教と音楽
2001年に書いた「アフリカン・アメリカンの宗教と音楽」の第1回目です。
<目次>
イントロ
西アフリカの宗教と音楽
ヨルバ、フォン、アシャンテ族の宗教
新大陸での変容
ブラジルでの展開
キューバでの展開
ハイチでの展開
ジャマイカでの展開
アメリカ合衆国での展開
アウトロ
<イントロ>
MASTERS AT WORKが手がけたラテン・ハウス史上の最高傑作LIVER OCEAN“Love&Happiness”は、ヨルバ語を使ってヨルバ系の神イェマヤを歌ったものだ。
また、最近、注目のディープ・ハウス系プロデューサーOSUNLADEが自らのヨルバ・レコーズからリリースしたヒット曲“Cantos a Ochun et Oya”もヨルバ系の神オチュンとオヤを歌ったものだ。
一体ヨルバとは、ヨルバの宗教とはどういう意味を持つものだろうか?
奴隷貿易の最後期にアフリカから新大陸に連行された奴隷の多くは、西アフリカのナイジェリア西部のヨルバ族だった。
他にも、どちらかといえばヨルバを売った側の隣国ダホメ(現在のベニン)のフォン族や、ガーナのアシャンティ族、中央アフリカのコンゴ/アンゴラ地方のバントゥー系諸族なども多かった。
しかし、ヨルバの宗教である「ジュジュ」は、非常に体系立った緻密で高度なものだったために、新大陸の各地の黒人の宗教・音楽に多きな影響を残すことになった。
特にヨルバの宗教が顕著に残ったのは、キューバやブラジル、コートジボアールなどで、これらは優れた音楽を生み出した場所だ。
ちなみにハイチはフォン族、ジャマイカはアシャンティ族の影響が強いようだ。
新大陸の黒人達にとっては、白人やインディオなどの様々なカルチャーがミックスして都市化が進行していく、という現実に沿って自らのアイデンティティーを形成していくのが正しい道だろう。
しかし、黒人のルーツ、特に宗教、儀式的音楽的のルーツを省みることは、有益な何かをもたらしてくれるはずだ。
主にヨルバをルーツにしているため、新大陸各地の宗教・音楽には類似性がある程度ある。
だから、それらを自然に統合できるはずだと考える人もいる。
サルサのトップ・アーティストEDDIE PALMIERIが『Lucmi, Macumba, Boodoo』で訴えたのがそれであり、キューバの新鋭ラテン・ジャズ・ミュージシャンのOMAR SOSAが実践しているのもそれなのだ。
<西アフリカの宗教と音楽>
まず、アフリカの宗教について簡単に述べよう。
アフリカのベースにある宗教・民俗は「祖霊信仰」だ。
祖霊信仰は日本も含めて世界の多くの部族段階の社会に存在する信仰だ。
簡単に説明すると、人が死ぬと祀られるこによって祖霊になり、部族社会の秩序を守護したり、タブーを破った者を罰したり、神々との仲介役をしたりして、やがては新しい生命として部族社会に生まれて戻ってくる、というものだ。
祖霊は基本的に共同体の維持を行なうという点で人間を利する存在だ。
これに対して、神々は人格化はされていても、自然的な力であって、必ずしも人間を利する存在ではない。
次に、西アフリカにおける音楽、特にパーカッション・ミュージックの意味についてみてみよう。
そこには娯楽や個人の表現という我々にとって馴染みある音楽とはまったく違った姿の音楽がある。
西アフリカに限らず、伝統的な文化での音楽とダンスは第一に、見えない様々な霊的存在とコミュニケートする儀式的なものだ。
具体的には、まず、神々や精霊、祖霊を招き、人をトランス状態にして憑霊させ、メッセージ(予知などの神託)や力を与えさせ、その後、霊的存在を送り帰し、人を通常の状態に戻す…その全プロセスを導くためのものだ。
あるいは、精霊をなだめたり、霊的存在にメッセージを伝えたりするためのものだ。
だから、特定の精霊や特定の儀式次第にはそれに対応する特定のリズムや歌、ダンスがあって、その儀式の時以外にそのリズムを演奏することは、たとえ練習でさえ禁止されている。
伝統的な音楽は多かれ少なかれ、その場その時に現実的に機能するために演奏されるものだ。
一般に伝統的な文化では、自然と社会と個人の心身の秩序は密接に関係した一体のもので、そこには霊的世界も関与していると考えられている。
例えば、対人関係の不和やタブー破ることが、個人の心身の異常を発生させたり、天災や悪霊のいたずらを起こす原因になると考えるのだ。
音楽はその調和を維持したり回復したりするために、霊的世界とコミュニケーションするためのものなのだ。
また、儀礼には共同体の儀礼だけでなく、個人の儀礼もある。
誕生、成人、結婚、葬式などの通過儀礼や、個別的な霊的な知識・技術を得るための秘密結社におけるイニシエーション儀礼だ。
これらの儀礼でも音楽、ダンスは同様な機能を果たす。
さらに、個人の心身の治療も重要な音楽の重要な機能の一つだ。
西アフリカでは本物のパーカッショニストは常にヒーラーでもあるのだ。
パーカッショニストは、それぞれの精霊に固有のリズムやダンス、また、それぞれの職業の人間に固有のダンスや身のこなしを理解している。
そして、人が踊るダンスの微妙な変調からその人が病気であるかどうかを知り、その治療に適したリズムとトーンを見つけ出して、長時間に渡って病人をダンスさせることで、心身の調和を取り戻させるのだ。
病気は常に精霊の憑霊を伴うと考えられているので、憑霊した精霊の種類を判別して、その精霊を追い出すのだ。
名人になれば、特定の部位に向けて音を送ることもできる。
このように、西アフリカのパーカッショニストが一つ新しいリズムを学ぶことは、新しく一つの力を身につけ、一つの見えない世界に入っていきながら、部族の秩序を守るために人格を深めることなのだ。
しかし、音楽やダンスには娯楽の側面もある。
みんなが輪になって、その中央で順に一人ずつダンスをする遊びがよく行なわれる。
この時、ダンスする人は個性を表現している。
パーカッショニストは基本的にダンサーの動きに合わせて即興演奏する。
アフリカのダンスでは体の各部位を異なったリズムで踊るので、複数のパーカッショニストがそれぞれの部位の動きに合わせて演奏する。
パーカッショニストは個人の表現を行なうのではなく、あくまでもダンサーとのコミュニケーションの中で反応して演奏するのだ。
これらの西アフリカの音楽やダンスのあり方は、我々とは無関係のように思うかもしれないが、クラブでのDJとダンサーの関係にも、重要なヒントをくれるんじゃないだろうか。
西アフリカの歌の基本的な構成は、リードとなる歌にコーラスが答えるコール・アンド・リスポンスだ。
そして、ドラムが演奏される場合、通常、大中小の3つのドラムのアンサンブルが基礎になっている。
3つのドラムは「父」、「母」、「子」という神々の家族を象徴する。
現在のドラムセット(バスドラ、スネア、ティンバレス)は、この3つをまとめたものだ。
また、ブラック・アフリカではドラムは(ドラム以外の楽器でも)音高と音調で言葉を伝達できる。
いわゆる「トーキング・ドラム」だ。トーキング・ドラムで語られる言葉は日常の言葉じゃなく、儀礼的な聖なる言葉だ。
だから、ドラムのアンサンブルは神々同志の言葉を含む対話となる。
また、ドラムのリズムは擬音語でも表現されて、その擬音語として聞こえるかどうかが演奏のポイントになる。
ドラムは通常、男性が演奏し、女性は手拍子や足踏みなどのボディー・ドラムと体鳴楽器を演奏する。
女性の演奏は大地の豊穣あるいは雨乞いと関係している。
多くの部族で豊穣儀礼の中心的なテーマは、雨をもたらす雷神と地母神(水の女神)の交わり(聖婚)だ。だから、2人の神を表わすドラム同志の語らいが演奏される。
サンバやルンバのベースにはこの2神の聖婚のテーマがある。
だから、それが世俗的な男女2人の性的なテーマに変化していても、そこには豊穣の聖婚という聖なるテーマが深層にあって、聖俗の2元的な分離はないのだ。