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ダンテ「神曲」の宇宙像

フィレンツェ出身のダンテ・アリギエーリ(1265-1321)が書いた叙事詩「神曲」は、世界文学史上屈指の傑作として知られています。

「神曲」は、ダンテ自身が主人公で、憧れていた女性ベアトリーチェの死後、自堕落な生活を送っていたダンテが、ベアトリーチェの導きで、地獄、煉獄、天国の3界を巡って救済される物語です。

この投稿では、「神曲」に表現された28層の宇宙像(地獄、煉獄、天国の構造)について簡単に紹介します。

ちなみに、基本的にダンテの宇宙像は、天動説であり、地球球体説です。


ダンテと「神曲」


「神曲」の原題は「コメディア(喜劇)」で、これは喜ばしき物語という意味でしょう。
「神曲」という日本語タイトルは、森鴎外が付けました。

「神曲」はラテン語ではなく、俗語であるトスカーナ語で書かれています。
「神曲」は、後の標準イタリア語の誕生にも影響を与えました。

「神曲」では、ダンテが訪れた各層で、様々な歴史上の人物や、ダンテの同時代人に出会います。
ですから、「新曲」は人物評価や断罪を行うものにもなっています。

ダンテは政治家でもあり、教皇派の白党に属していましたが、黒党がクーデターを起こして、「神曲」を書いた時のダンテは、フィレンツェから追放されていました。
そのため、「神曲」には、敵対勢力や世俗的な権力となった教会への批判も表現されています。

また、当時は、終末思想が広まり、罪を償う場所である「煉獄」が注目されていました。
教会にとっては、救済の商売の根拠となる場所でもありました。
この「煉獄」は、カトリックに独自な世界観で、これは中世に生まれました。
「神曲」は、この「煉獄」を明確に描いている点も特徴です。

ダンテを救うベアトリーチェは、実在の女性がモデルです。
ダンテはベアトリーチェに憧れを抱いていましたが、付き合うこともないまま、他の男性に嫁ぎ、24歳の若さで亡くなりました。
彼女亡き後、ダンテは、「新生」という散文形式の恋愛詩を書きました。

愛する女性を理想化して高めた霊的な女性原理によって救済されるというテーマは、「神曲」の特徴です。
これは、例えば、ゲーテの「ファウスト」におけるグレートヒェンや、ノヴァリスの「青い花」におけるゾフィーなどに受け継がれました。


ストーリーの骨格


ダンテが目を覚ますと暗い森の中にいました。
ダンテが森を脱出しようと彷徨っていたところに、ダンテが尊敬する古代ローマ最大の叙事詩人のウェルギリウスが現れます。

ウェルギリウスは、地獄、煉獄、天国を案内すると告げます。
彼を遣わしたのは、天国の至高天にいる聖母マリア、聖ルチーア、ベアトリーチェでした。

ダンテはウェルギリウスの案内で、地獄にくだり、各階層にいる人々の様子を知ります。

次に、地上に出て、煉獄を昇っていき、同様に、各階層にいる人々の様子を知ります。
煉獄の頂上にある楽園に至ると、天使たちを従えたベアトリーチェが現れます。

ベアトリーチェは、愛を象徴する朱の衣、信仰を象徴する白いヴェール、希望を象徴する緑のマントを身に着け、宗教的な徳を表現しています。

現れたベアトリーチェ by ギュスターヴ・ドレ(以下同じ)

ベアトリーチェは、自堕落な生活をしていたダンテを叱責し、ダンテは反省の告白をします。

そして、案内役がベアトリーチェに交代し、ダンテは天国を昇っていきます。
各階層にいる人々の様子を知ると当時に、そこにいる人々から様々な知識を得ます。

また、最初、ダンテはベアトリーチェをほとんど見ることができませんでしたが、天国を昇るにつれて、より輝きを増していく彼女の姿をしっかりと見ることができるようになりました。

そして、彼女の光を受けることで精神性を高めました。

ダンテは原動天でベアトリーチェと別れて、案内役は聖ベルナールに代わり、天国の頂上に至ります。
そして、聖ベルナールの祈りと聖母マリアのとりなしで、神にまみえます。


地獄の階層


地獄は、罪を犯した人が行き、永遠にとどまる場所です。
空間的には、エルサレムの地下にあります。
地獄に入るには、最初に「地獄の門」を通ります。

地獄は下記のように9層構造になっていて、ダンテは下に降りていきます。
下に行くほど、地球の中心に向かってだんだんと狭くなっていきます。

地獄と煉獄の場所(「神曲」世界文学全集より)

各層の地獄と、そこにいる者の特徴は、下記の通りです。

・第 1圏:洗礼を受けていない者
・第 2圏:淫欲の罪を犯した者
・第 3圏:貪食の罪を犯した者
・第 4圏:貪欲と浪費の罪を犯した者
・第 5圏:憤怒と惰性の罪を犯した者
・第 6圏:異端の罪を犯した者
・第 7圏:様々な暴力の罪を犯した者
・第 8圏:欺瞞の罪を犯した者
・第 9圏:裏切りをした者

罪の中では、本能に由来する罪が軽いものとされ、それが上方の階層に対応しています。

第 1圏は、キリスト教徒ではないウェルギリウスが落とされていた場所です。

最下層には、神を裏切った悪魔大王ルチーフェロがいて、イエスを裏切ったユダ、カエサルを裏切ったブルータスらを貪り喰っています。
キリスト教を裏切ったと解釈されるムハンマドもここに落とされています。

ルチーフェロ

また、地獄には、ギリシャ神話の怪物類がいくつも登場します。
ミノス、ケルベロス、ケンタウロス、メドゥーサです。
また、ギリシャ神話の三途の川に当たるアケロン、ステュクスと、渡し守カロン、忘却の水のレーテ川も登場します。


煉獄の階層


煉獄は、罪を悔い改めた者がその償いをして、天国へ昇る準備をする場所です。

煉獄は、エルサレムから見て地球の裏側にある「煉獄山」という大きな山にあります。
煉獄には、「煉獄の門」を通って入ります。

煉獄は、下記のように9層構造で、ダンテは下から登っていきました。

各層の煉獄と、そこにいる者の特徴と様子は、下記の通りです。

・地上楽園:追放前のアダムとイブがいた場所
・第 7環道:淫欲の罪を犯した者が抱擁を交わしながら罪を悔いている
・第 6環道:貪食の罪を犯した者が果物を前に食欲を抑えている
・第 5環道:貪欲の罪を犯した者が伏して嘆き悲しんでいる
・第 4環道:怠惰の罪を犯した者が走り回り続けている
・第 3環道:憤怒の罪を犯した者が煙の中で祈り続けている
・第 2環道:嫉妬の罪を犯した者がまぶたを針金で縫い合わされ泣いている
・第 1環道:傲慢の罪を犯した者が重い石を背負っている
・煉獄前地:生前改悛の遅れた者、教会から破門された者

本能に由来する罪が軽いものとされ、それが上方の階層に対応しているのは、煉獄でも同じです。

ダンテは、第7環道の最後に、猛火の中を通過し、ウェルギリウスと分かれました。

地上楽園では、歌いながら花を摘んでいた一淑女に会い、彼女から、歴代の詩人が夢想した「黄金時代」とは、かつてこの場所で罪なく住んでいた人間のかすかに残る追憶であると聞きました。

その後、ダンテの前にベアトリーチェが現れました。

地上楽園を行くダンテと一行


天国の階層


天国は、罪を許された魂と、聖なる魂がいる場所です。
ここは、日が沈むことはなく、上の天ほど明るく輝いています。

天国は、下記のように10層構造になっていて、ダンテは下から昇っていきました。

天国の各階層と、そこにいる者の特徴は、下記の通りです。

・第10天(至高天):神とバラの花状に取り囲む魂・天使たち
・第 9天(原動天):9重の輪になって回転する9階層の天使たち
・第 8天(恒星天):聖人
・第 7天(土星天):信仰一筋に生きた清廉な者
・第 6天(木星天):正義の統治者
・第 5天(火星天):信仰のために戦った殉職者
・第 4天(太陽天):知恵深き者
・第 3天(金星天):激しい愛の情に駆られた者
・第 2天(水星天):名誉を高めようと善を行った者
・第 1天(月天) :神に誓いを立てたが守りきれなかった者

天国の全体像(「神曲」世界文学全集より)


7惑星天から上には、「ヤコブの梯子」が続いています。

「至高天」以外は回転していますが、「原動天」が最も速く回転していて、以下の諸天を動かしています。

ダンテは、月天で、ベアトリーチェから天文学や科学について聞きました。

水星天では、ローマ皇帝ユスティニアヌスからローマ法などについて聞きました。
また、ベアトリーチェからキリストの贖罪などについて聞きました。

金星天では、トルバドゥール詩人から愛が純化されることを聞きました。

太陽天では、トマス・アクィナス、聖ボナベントゥラから三位一体や、聖ドミニクと聖フランチェスコの素晴らしさと、現在の教会についての嘆きを聞きました。

火星天では、十字軍に参加して命を落としたダンテの高祖父から、ダンテが追放刑になると予言され、神を信じて不正に耐えるように励ましを受けました。

木星天では、正義の統治者たちから、神の正義は人智を持っては計り知れないこと、現在の不正な統治者に対する糾弾を聞きました。
また、ダビデ、トラヤヌス、コンスタンティヌスらを見ました。

土星天では、聖ベネディクトに会い、教会の腐敗を嘆くのを聞きました。

恒星天では、至高天に昇っていくイエスと聖母マリア、聖徒たち、天使たちを見ました。
そして、聖ピエトロ・ダミアーノから救霊予定説について聞きました。
また、聖ペテロ、聖ヤコブ、聖ヨハネがダンテを試問しました。

原動天では、9重の輪になって高速で回転する天使たちを見ました。
そして、ベアトリーチェから天使達と神との関係、堕天使などについて聞きました。

至高天では、バラの花のように神を取り囲む祝福された魂たちと天使たちを見ました。
そして、ダンテが尊敬する聖ベルナールが案内し、祈り、聖母マリアが神にとりなして、神とまみえました。

至高天


三位一体と神の愛


最後に、ダンテは、至高の光が深々と輝く中に、色の異なる3つの円球が現れる(三位一体の神)のを見ました。

第一の円球(子)は虹のようで、第二の円球(父)の光を受けて返すようで、第三の円球(聖霊)は両方の円球から息吹をかけられる火のようでした。

その後、一筋の光がダンテの心を打ち、神の愛がダンテの心を輪のように回しました。
そして、神の愛が諸天体を動かしていることを理解しました。


*参考
・「神曲」ダンテ(集英社世界文学全集)
・「『神曲』とは何か」(別冊宝島)


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