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広報人事担当の黒木です𓇼

こんにちは𓇼
今日は前回の会社紹介に続き、まずはnoteを運営させていただいている私の自己紹介をさせていただこうとおもいます❁


はじめまして人事の黒木です。

実は前回の第一回目の記事を書かせていただいたのも私なのですが、
今日は改めて私のお話をさせてください🌱

モアモストに入社したのはまだコロナが開ける前の、2022年5月。
創業者である河野忍さんと出会い、声をかけていただいて入社することになりました。

生い立ち、ちょっと聞いてください


高校生までは大分県豊後大野市で生まれ育ったわたし。
小学校は1学年14人、真冬以外毎日裸足で生活する小さな小学校出身にもかかわらず、田舎生活から一転、18歳で横浜市の外語短大へ進学。

初めての就職はブライダル業界。
毎日の激務に疲れ果てたわたしは、22歳でコスメブランドLUSHに入社しました。いい香りに誘われたのですね𓇼

そしてこのLUSHとの出会いが私の人生を大きく変えていったのですが、
LUSHなくして今の私はあらず。
本当にLUSHで出会ったみなさま方には感謝の気持ちでいっぱいです。

マネジメントの楽しさや、スキルアップしていくことの愉しさ、
誰かを育てることの幸せを学びました。
今の私の原点になっております。

そして30歳目前、マネージャーになって4年、
人を育てることに夢中だった29歳の私は、
急に自分自身に目が向き、
自分のために自分のスキルアップしたい!
と思い立ち、会社を辞め、オーストラリアに留学することに。

LUSHのマネージャー時代、出張でイギリスに行くたびに、英語が喋れない自分がもどかしかったのです。
外語短大時代からあった自分のコンプレックス、
”留学経験がない”というものに立ち向かおうと決めたのです。

そして31歳でオーストラリアへ。
学校に通いながら現地のLUSHにて働いていました😎

(オーストラリア行く前の石垣島とLUSHで働くまでのストーリーがなかなかおもしろいと好評なのですが長くなるので割愛します。気になる方はぜひ遊びに来てください𓆡笑)


オーストラリアでのロードトリップにて🚘


そしていろんなところを旅して帰国した私は、
地元大分に帰ってくることにしたのですが・・・

地元なのにカルチャーショック

18歳で大分をでて、22歳からは自由満点な外資系コスメ会社で8年勤務し、服装も髪型もタトゥも縛りのない、多様性を認める文化の会社。金髪店長やってたり、髪の毛を虹色に染めたこともありました🌈笑 
LUSH〜石垣島〜オーストラリアで心の赴くままに自由に生きてきた私にとって、久々の大分にはいろんなカルチャーショックがありました。

自己表現も恋愛に関する価値観も、仕事に対する思いも、何が正しいのかわからなくなり、自分のアイデンティティを見失いそうになったこともありました。

そんなときに出会ったのが、河野忍さんでした。

「なにそれ、おもしろいじゃん」で笑ってくれる、尊重してくれる。
そしてそんな面白い仲間たちも紹介してくれました。

そして導かれるように入ったのが、この会社、モアモストなんです。

(前置き長くてすみません)

ITできないのにIT企業に入社?

・・・そうなんです。
コーディング・・・? CSV・・・? 
DDって聞いたときはSnowmanのD.D(※Dancing Dinamite)しか思いつかなかった・・・。
IT偏差値 2 くらいの状態で入社することになりました。

とはいえ、忍さんは私の強みを活かすことをきちんと考えていてくれました。

それは、セミナー事業です✨

情報発信のためのセミナー事業。
SNSはもともと好きでずっとやってる  ✕  人前で喋るのは得意分野なわたし

こうしてIT偏差値 2 の私とIT企業をつなぐ一筋の光が見えてきました。

私、技術型のコミュ力おばけです


入社してからの私というのは、公共事業であったり、セミナー事業など、
できそうなことはどんどんチャレンジ、させていただきました。
だんだんITにも詳しくなっていきました。

忍さんと話していたとき、ふと
「かおちゃんって、生まれながらにコミュニケーションの得意な子だと思っていたけれど、話せば話すほど結構ロジカルだしコミュニケーションを技術として習得しているよね。モアモストはコミュニケーションが加わるともっといい会社になると思うから、かおちゃんの学んだことを、社内に浸透していけないかな?」
と言われたのでした。

これが私が社内向けのセミナーをさせていただくきっかけになった出来事。

たしかに最近の私は友人に「コミュ力おばけ」と呼ばれることがあるくらいにコミュ力がある方で。それは自負しております。

ただ、確かにそれって”生まれつき”ではなく、”がんばって身につけたスキル”なんです。
もともと人は好きだったのはあります。でも学生時代は人間関係でも悩んだし、中学で3年間同じクラスだった男友達には卒業アルバムに「お前ずっとネガティブだったな!高校いったらもっとポジティブなれよ!」
って書かれたこともありました。

今では ”ラブリー変換” が代名詞となった私を知る人には、想像できないかもしれないですね。そんな私ですが、今ではどういう伝え方をしたら相手に響くか、これまでトレーニングしてきたんです。もちろんうまくいかないこともありますが、コミュニケーションにもテクニックがあるんですよね。

言葉の抑揚から手の動き、視線の使い方まで、かなり細かく勉強していました。

そしてここでの忍さんとの会話は、これまで私が読んできて、身につけてきたこれらのノウハウって、IT業界でも必要なスキルなんだ、と気づかせてくれました。

そんな流れから、社内でのセミナーをはじめ、会社内全体の部をまたいだ相談役としての意味も含む今の「広報人事」という形で、今の姿があるのです!


セミナーの様子


大分には働きたい会社がない

外資の大手でバリキャリをやってた私にとって、大分でキャリア転職なんて無理なんじゃないか?と思ってきました。
第一私は就活のときだって、大分に帰る選択肢はゼロでした。
だから私はUターンして大分に帰るときは結婚するときだと、
「そうだ!パートしながら婚活しよう!」と考えて帰ってきました。笑

ですが結論からいうと、そんなことはありませんでした。
もちろん東京にしかない会社もあるので、一概には言えませんが、
小さくて魅力的な会社もたくさんあります。

規模のあまり大きくない会社は、自分で切り開くチャンスもあります。
私自身が感じたように、異業種に飛び込んでみるのもいいかもしれません。初めての業種に行くからこそわかる、自分の魅力というのも見つかるかもしれません。

毎日頑張って生きてたら、私も悔しくて泣いたり、怒りたくなることだってあります。
そんなときに支えてくれる仲間がこの会社にいて、私はとても幸せです。
とにかく人に恵まれてる会社なんですよね^^

そして仕事内容だけにこだわるよりも、
「この人と働きたい!」「この会社で働きたい!」
その軸になるものがあると、心折れることなく、
成長機会に挑み続けられるのかなと思います。
会社との出会いもご縁ですね❁

私はモアモストのみなさんのお陰で、ITだからこそ叶うことがあるというその可能性を知り、どんどんITが好きになってきました♪

そして私もそんなふうに思ってもらえる人になりたいです❁
ポジティブなエナジーと、私の持ちうる知識やスキルを誰かに伝えたり、交換したりしながら、これからも会社とともに成長し続けたいと思います。

どんな場所でも自分らしく!




おわりに


長々と最後まで読んでいただいてありがとうございます。

まさかあのとき、大都会東京でコスメを売っていた私が、今や大分で広報人事をしているとは。自分でも驚きです。

今後も、いろんな人のストーリーや、みなさんのお役にも立てるような、
ちょっとクスっとできたりもするような、そんな記事を発信していけたらと思いますので、ご覧いただけたら嬉しいです^^

そしてこの記事を読んでくださった誰かにも、なにかポジティブインパクトが伝わっていますように…𓇼


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