アンパンマンが自分の顔をわけてあげる理由。
今日で、真珠湾攻撃から80年。
やなせたかし『ぼくは戦争は大きらい』(小学館クリエイティブ、2013年)
先週の日曜日に地元の図書館で出会い、即買いし、一晩で読んでしまった。
言わずと知れたアンパンマンの生みの親。
5年間の軍隊生活の一部始終が書かれている。
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わたしが図書館でぺらっと立ち読みしただけで、
この本を即買いした理由はふたつある。
ひとつめに、やなせ先生が中国に派兵されたこと。
祖父も祖父の弟も中国に派兵されたため、やなせ先生と似たような光景を見たり、似たような出来事を経験したかもしれない。
文章は容易で、表現力や状況描写も素晴らしい。
まるで小学生に語りかけているような口調。
入隊時期や兵役期間、所属部隊は全く違うが、祖父たちの戦争の記憶をたどるには、とても参考になりそうだと思った。
ふたつめの理由。
「はじめに」で、やなせ先生はこう語っている。
それが凄惨で無慈悲な出来事であればあるほど、インパクトが強くて、テレビウケが良い。
特番でテーマになるのはだいたい、特攻隊や戦艦大和や南方の激戦地が多い。
でも、どこにいても、どんな経験をしても、当時を生きた人にはそれぞれに「ストーリー」がある。
やなせ先生は、公には埋もれがちな 自分の「ストーリー」を書いてくれた。
もし「激戦地を経験した方におしかりを受けるから…」と、この執筆を躊躇していたら、このストーリーは永遠に埋もれたままだっただろう。
やなせ先生の自己開示で、
わたしの祖父と祖父の弟のストーリーは救われた。
戦後世代しか残らない時代が、着実にやってくる。
戦後世代が戦後世代に語り継ぐ戦争体験は、
インパクトは強いが、どことなく遠い存在な体験談ではなく、
インパクトは小さいが、だれもが我が事に感じられるほどの親近感なのだ。
次第に語り継ぐことが困難となる「ストーリー」を一つでも多く救うこと、埋もれたままにさせておかないこと、
それが戦後世代の役割のひとつなのだろう。
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アンパンマンがお腹をすかせた子に自分の顔を分けてあげる、あのお決まりの行動は、やなせ先生の中国での経験が原点。
これから子どもたちとアンパンマンを観るときは、じーんときちゃうなぁ。。。
今日もお読みいただき、ありがとうございます。