元少年ゲーマーの保育日記#10〜年長クラス編
ゲーマーだった少年が、成長とともに
葛藤を経験し、保育士として働き始めた、
自伝的エッセイ風物語。
今回は年長クラス編の第10話です。
新米保育士編(全10話)はこちらから↓
【あらすじ】
保育士として働き始め3年目を迎えた
元少年ゲーマーフォルテ。
彼の働く保育園は
カミナリ⚡一族と呼ばれる保育士たちが
圧力を広げる、最悪の環境だった。
一族の特徴は
カミナリ⚡のように鋭く落ちる叱責により
周囲を萎縮させ、支配しコントロールしていく。
そして、そのTOPに君臨するのが
カミナリ⚡先生である。
だが、そんな彼女たちにも
唯一、頭が上がらない人物がいる。
彼女たちは、その人物に
絶対的な忠誠を近っている。
その人物とは………
a Boss…
その日は、朝から雨が降っていた。
お仕事だろうか…
受け入れする時に
単発の延長を申し込んでくる保護者がいた。
この保育園
単発延長は必ず
事務室に直接、申し出る事を
保護者にお願いしている。
だからオレは事務室に立ち寄って
園長に直接お伝え下さい、とお願いした。
このお母さんはEuropeにルーツを持つ。
だが、日本語はとても流暢だ。
しかし、園長にお伝え下さいと
伝えた瞬間、困惑した表情を見せ
こうつぶやいたのだ。
『Oh………………a Boss…………』
オレは、すかさず問い返す。
「…………………Boss?」
すると、眉をひそめた彼女は
ひとつ 大きなため息をついた後、
こう答えた。
『…………YES……Big…………… Boss……』
園長は大人に対してとても厳しい。
例えそれが保護者であっても
迎合することはない。
そして自分を律し、その姿を見せることで
周囲の気を引き締めている。
故に園長と話す時は
誰しもが緊張を隠せない。
その保護者の『Boss』という言葉に
共感してしまったオレは
心の中で密かに こう呼んでいる。
BIG BOSS園長と………
BIG BOSS園長の謎
BIG BOSS園長の朝は早い。
7時過ぎには出勤している。
何故、そんなに早く保育園に来ているのか……
その謎を解くカギは、教会にある。
キリスト教プロテスタント系のこの保育園には
隣に木造建ての小さな教会が隣接している。
非常に素朴な雰囲気の教会には
古びたチャーチチェアが並んでおり
その端に目立たぬよう静かにたたずむ
老婦人………それがBIG BOSS園長である。
彼女は毎日、朝早く教会を訪れ
祈りを捧げる。
1日たりとも欠かさずに。
何故、毎日祈りを捧げるのだろうか………
それは、彼女が園長になる前の保育士時代まで
さかのぼる………
BIG BOSS園長の過去
まだ保育士の事を、保母と呼んでいた時代
1枚の白黒写真、それは集合写真だろうか…
たくさんの保母が列をなし
カメラに笑顔を向けている。
その中央にとりわけ、
存在感のあるリーダー的な女性が、
美しい笑顔で微笑みかけている。
面影が殆どないが
BIG BOSS園長だ。
当時の保育園は木造建ての旧園舎、
昔ながらの昭和な雰囲気が漂っている。
子どもの数は今よりも多く、
年長クラスは30人近くいたらしい。
それを保母、一人で見ていたとか……
今では、ありえない話しだ。
その人数を一人で安全に保育するためには、
徹底した集団移動と管理が必須になる。
BIG BOSS園長はそんな時代を、
保母として過ごしていた。
彼女はどんなに大変だろうと、
子ども一人ひとりの気持ちに寄り添う事を
大切にしてきた。
子どもたちとの約束は必ず守る。
どんなに忙しくてもだ。
その姿を子どもたちに見せることで
揺るぎない信頼関係を築いてきた。
単なる管理保育で済ませることは、
絶対にしなかった。
それは彼女の保母としての プライドだった。
BIG BOSS園長の後悔
彼女の保育スタイルは、
一人ひとりを丁寧に受け止めることにある。
しかし、年長クラスは30人近くいる。
それを一人で見なければならない。
その状況になれば
きっと誰しもが思うはずだ。
丁寧に受け止めてばかりじゃやっていけない…
彼女の葛藤は容易に想像できる。
そんな中、事件は起きる。
旧園舎のトイレは、
年長クラスの部屋から少し離れたところにある。
いつもなら、トイレ付近の部屋にいる保母さんと
連絡を取り合い トイレに行かせるのだが
その日はたまたま、トイレ付近に大人が
誰もいなかった。
そういう時は子どもたちを待たせて、
大人と一緒に集団で移動すればいい。
たが、彼女は1人の子が「間に合わない」と
訴えた事で、それを聞き入れ
子どもたちだけでトイレに行かせてしまった。
間に合わないと言った子は、
急いでトイレに向かう。
きっと、走ったのだろう。
トイレ内で滑って転倒。
骨折をしてしまったのだ。
『あの時、待たせておけば…
私が一緒に連れていけば
こんなことには ならなかった…』
本質的に1人で対応できることではない。
大人が2人いればこの事故は防げたのだ。
漏れそうな子どもを前に
「ちょっと待ってて」と言えるだろうか…
このケースではやはり周りの環境が
一番の問題だった。
しかし、彼女は自分を責めた。
自分のやり方が悪かったのだと……
BIG BOSS園長の決意
『どんなに小さな怪我でも
大きな事故につながることがある。
私たちは大切な命を預かっている。
命を守るという事
しっかりと意識してますか?』
BIG BOSS園長は事あるごとに
職員たちに発信している。
命を守るという事
彼女の言葉には重みがある。
それは彼女が過去に
経験したことが土台となっているからだ。
彼女は今、園長となり
理想の保育園を作るために
努力している。
彼女の理念は
子どもを丁寧に受け止めること。
しかし、それは
子どもの命が守られていることが
前提となっている。
だから、彼女は自分を律し、職員も律する。
怪我のない保育園こそ
彼女の理想。
そのために必要なのは
徹底した集団管理、
そして、それを実行できる人材……
カミナリ⚡先生を2年めにして
リーダーに抜擢したのは、
その思惑があったからに他ならない。
期待通り、カミナリ⚡先生は
その厳しい保育スタイルで子どもたちを管理し、
怪我の少ないクラスを作り続けている。
BIG BOSS園長の誤算
唯一、誤算だったのは
カミナリ⚡先生のやり方が、
支配へと変わっていってしまったことだ。
これは、BIG BOSS園長の理念とは
かけ離れている。
カミナリ⚡先生の暴走は止まらず
カミナリ⚡一族と呼ばれる勢力に拡大、
もはや、歯止めが効かない状況になっていた。
怪我は減った。事故も殆どない。
だが、この保育園は
子どもたちの命を守るという安心を得る為に
子どもたちの心を犠牲にしたのだ。
BIG BOSS園長は思う
どちらを選ぶかなんてできない
どちらも選びたい
でも、子どもの気持ちを受け止めすぎて
何でも自由にやらせてしまうと
怪我のリスクもそれだけ増えるじゃない
ワタシが本当にしたい保育ってなに?
自由なの? 管理なの?
ワタシは 一体何を 大切にしたいの………
…………いいえ、ワタシが迷ったら
この保育園はどうなるの…
数多くの子どもたち、職員
みんなが戸惑うことになる
1番大切なのは
子どもたちの命に決まってるじゃない
それを守るため…
私は……
私を………
律し続ける
BIG BOSS園長の祈り
古びた小さい教会で
今日も1人の老婦人が祈りを捧げる
彼女は何を祈っているのだろう
子どもたちの健やかな成長なのか
子どもたちの安全なのか
それは彼女と神様しか知らない
しかし、確かなことがある
彼女自身が生み出してしまった
カミナリ⚡先生という存在だ
それは彼女の意思を反映している
絶対に子どもたちを
怪我や事故から守るということ
命を 守るということ
それは彼女の後悔を反映している
子どもたちの自由を
奪ってしまったということ
心を 奪うということ
そして、カミナリ⚡先生の保育士人生を
狂わせてしまったこと…
もっとゆっくりと、長い目で、育てていけば
全く違う保育士として、子どもたちから
信頼されていたかもしれないということ…
今、カミナリ⚡先生とその一族は
BIG BOSS園長の信念を
一途に信じて
何も疑うことなく
保育士を続けている
それが、子どもを唯一守る方法なのだと
子どもの命を 守るためなのだと
それが 彼女たちの 正義だから………
次回 最終話
マガジンにも掲載中↓
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