三角世界 第四話
新生活
朝だ。外から差し込む日光と鳥の囀りで目が覚める。
ノア・グロッドこと私が目覚めたのは豪華な一室のベットの上であった。
横には友達で相棒的存在の炎牙狼、リズがいる。
「なんで私こんなところにいるんだ?」
しばらく考え込み、昨日の出来事を思い出す。
「…。ラテネ皇女の専属の護衛兼執事として雇われたんだっけ。」
そう、私は護衛の依頼を精霊王朝コールシアの国王ザウスから受け、常にラテネ皇女のそばにいる為に表向きには専属執事として雇われたのだ。
国王からは対等に接して良いが、流石に執事が気軽な口調で話しかけていれば不審がられる恐れがあるので、国王とラテネ以外の前では敬語を欠かさないように気を配るようにと念を押された。
私が英雄だと知っているのはラテネ皇z…もう面倒だから敬称略。
ラテネとザウス、執事っぽい老人と樹木妖精の青年、そしてサイエンだ。
「はあ〜。というかさ、英雄って何よ。神力もろくに使えない私が勇者の後継者な訳ないじゃない。」
〔だからこそ君が選ばれたんだよ。〕
そう愚痴をこぼした途端、どこからか聞き覚えのあるような声が聞こえた。
「だ、誰⁈」
そう問いかけるが返事はない。
リズも寝ている。
「空耳…?でも確かに聞こえた。」
不思議に思っていると部屋の扉がノックされた。
「グロッド。入りますよ。」
そう言って入ってきたのは昨日見た執事服の老人だ。
「私はシドラと申します。ラテネ様やランド皇子、ザウス様など、王家直属の近衛隊の司令官を務めています。あなたと同じように、表向きにはランド皇子の専属執事として雇われています。」
「し、司令官⁈」
私は混乱する。司令官になるには結構な戦闘力と冷静な判断力を備えていなければならない。確かに頭脳は鋭そうだが、この老人の身体能力がそこまで高いとは思えない。
そんな私の考えを見透かしたようにシドラは笑って言う。
「見た目に惑わされてはいけませんぞ。私、こう見えてもまだ150歳ですよ。」
「それって結構お年寄りでは…」
「人間と精霊では寿命に大きな違いがあり、人は長くても100年程度ですが、精霊は少なくとも500年は生きるのです。だからまだ私の力は衰えませんぞ。」
「なるほど。それで、私に何かご用でしょうか?」
私がそういうと老人は何かを思い出したように一瞬固まった。
「そうでした。私としたことが、危ない危ない。」
シドラは笑いながら頭を掻いた。
「ラテネ皇女様がお呼びです。何やら緊急の要件だとか。」
それを早く言えぇぇぇ!!
「き、緊急⁈大丈夫なんですか?」
「あ…大丈夫ではないかもしれません。」
ふ・ざ・け・る・な。
本当に中身は老人ではないのかもしれないな。
そんなことを考えながら私はリズを抱いてラテネが待っている部屋まで走った。
もちろん執事服で。
「失礼します。」
喘ぎながらドアの前で急停止し、呼吸を整えながら部屋へ入る。
そこにはラテネと、昨日一緒にいた青年が座っていた。
ちなみに、昨日ザウスから聞いたのだが、彼は第一王子のランド・コールシア。
どうりで有力な大臣であるサイエンにも命令できるわけだ。
「いらっしゃい。」
ラテネが微笑を浮かべて座っている。
一見お淑やかだが、その性格は明るいおてんばな少女そのものだ。
「緊急とは、どのような要件で?」
「実は、一週間後に俺と妹が母上の見舞いに行くことになってな。
だから初仕事としてシドラと共に俺たちの護衛をしてくれ。」
私の問いに答えたのはランドだった。
彼らの母親は重い病にかかっており、ここ数年もの間寝込んでいるのだと言う。
「承知いたしました。しかし、私は戦闘能力どころか神力も使えないのですが。」
待っていました、と言わんばかりに笑顔になったラテネとランドは私に恐ろしい現実を突きつける。
「「もちろん!なのでこれから一週間は俺(私)達と特訓です!」」
そうして地獄特訓が始まった。
殺されても復活が可能な特殊空間で戦う。
「あの。私、武器も何も持っていないんですが。」
「ああ。確かに。ラテネ、頼む。」
「わかりました。」
ラテネがなにやらぶつぶつと唱えるとその手に細長い剣が現れた。
光を吸収しそうなほど深い紺色の剣。
柄や鞘は私の髪と同じ、紺と銀色のグラデーションだった。
「はい。これはあなたの武器。これは、あなた専用の細剣だから、あなたと共に成長するの。」
「わざわざありがとうございます。」
受け取った剣をまじまじと見つめる。
細長い剣身は双刃で、深い紺色の中に星のように小さな金色の模様が付いている。
私は宇宙のような神秘的な見た目を持つその剣を“深淵星刀”と名付けた。
———のちにこの剣の名はある者には希望の、ある者には絶望の象徴になるのだが、ラテネはその事を知らない。———
そんな事を考えていると、ランドの声が響いた。
「まずは第一試合、ラテネ対ノア。
ルールは
1 場外には出ない。出た場合は失格。
2 武器を破損した場合は負け。
3 戦闘不能な状態になれば負け。
以上!では始め!」
いきなり模擬戦を始めようとする2人に私は慌てて訴える。
「え?ちょ、ちょっと待ってくださ…」
「えいっ」
気軽なセリフとは対照的に、ラテネは私に向かって創造した蔓を放つ。
「私の紋章は『生命之樹』。種族名を持つ紋章は他の門に比べて桁違いの神力を発揮するの。」
そう微笑みながら恐ろしいことをサラリと告げてきた。
「ちなみにその蔓は猛毒よ。」
え?私にあの世に行けと?
「この空間では俺の目が届く範囲なら死んでも生き返るから安心しなよ。
痛覚は無効じゃないから、そこはよろしく。」
顔に出ていた私の考えを読み取ったのか、ランドがからかうように言う。
ふざけるなと言いたいところだが、目の前に蔓が飛んできたのでそれどころではなくなった。
その威力はそこらの毒性植物とは格が違い、掠っただけでも激痛と麻痺を引き起こす。
私はできる限りのスピードで避け、反撃の機を伺うが、数日前まで給仕だった人間が樹木妖精のスピードに追いつけるわけもなく、一方的に攻撃を受けてしまう。
10分ほど戦っていたが、数分ごとに種類が変わる毒の中でも特に神経毒を付与されると厄介だった。
軽く触れただけでも相手を失神させる威力を持った蔦に四方を囲まれ、逃げ道がない私の眼前にラテネの生み出した無数の鋼鉄の葉が迫る。
「こんなの、勝てるわけ…」
私が諦めた瞬間、
「はい!終了。」
パン、と軽く手を叩いてランドがラテネを静止する。
そしてニヤニヤしながら訊ねてくる。
「どうだった?」
「どうもこうも、ラテネ様が強すぎて話になりませんでした。」
「君には俺より強くなって貰わなければいけないからね。じゃあ、第二試合!」
「え…」
そこから先は単純なことだった。
ラテネとランドに一方的にボコボコにされて終わった。
為すすべも無い。
まあ、確かに戦闘訓練は避けては通れない道だから仕方がないけれど、問題は相手が皇女と皇子であり、その2人がバケモノ級に強いということだ。
しかもランドの紋章は宙竜属性の『時空紋』であり、時間軸をいじる事ができるめ、一週間の訓練が数年間ほどの長さに引き伸ばされたのだ。
王族直々に修行なんて名誉だと言っている人もいるが、数年もの間強すぎる王族2人にボコボコにされ続けた私の気持ちを考えてほしい。
そして特訓最終日の現在、私VSラテネ&ランドの一対多で模擬戦が始まる直前である。
ちなみに、今日2人に勝てなかった場合、特訓は継続するそうだ。
絶対にそんな事になるのは避けたい。
私はそれまで1000回以上挑んだが、見事に全敗。
私は剣技だけなのに対し、ランドは神力で底上げした身体能力と圧倒的な経験値を、ラテネは異常な植物の特性を活かして戦うので当然といえば当然なのだが。
しかし私も伊達に訓練していたわけではない。
お陰で以前と比べ、体力や持久力が上がった。多分100メートルなら4秒弱で走れるし、おそらく5メートルくらいなら上空へ跳ぶことも出来る。
もちろん瞬間移動のごとく出てくる相手には敵わないが。
特訓中、何度か(この2人に護衛なんて必要あるか?)と思ったが、本人達によると相手が神力や紋章を奪う恐れがあるのでそれらに関与されない護衛が必要とのこと。
そして理不尽だが、身体能力の高い護衛になる≒地獄の猛特訓 という理論でシゴかれ続けた。
特訓の成果か、私は反射神経と聴覚がずば抜けて良くなっている。
そうでなければ今頃ラテネに細切れにされているだろう。
ラテネは蔓以外にも刃物のような鋭い葉やいきなり火を吹く薔薇など、正直言ってこの世のものではない植物を顕現させるし、ランドは目には見えないスピードで切り込んでくる。
正直に言って反射神経や聴覚が少しでも劣っていたら、反応は不可能だと思う。いや〜。本当にこの2つが優れていて良かった。
そんなことを思っているうちに模擬戦は始まった。
ドゴォォォンン
大きな音が鳴り、土煙が舞う。
ランドとラテネが連携して攻撃を畳み掛けてくる。
本来なら、連携などしなくても私を倒すことなど造作もないのだろうが、今日が訓練の最終日だということもあって気合を入れているらしい。
「入れないでください。ありがた迷惑っ。」
と叫びたいのを抑えて冷静に作戦を立てる。
1000回も挑んでいるだけあって、私も彼らの弱点(と言えるかはわからないほど些細なことだが)がわかるようになってきた。
まず、ラテネの植物創造には制限があるらしく、無理やり使いすぎると本体にダメージが与えられ、数秒間神力が使えなくなったりするらしい。
しかし、それを自覚しているため、そのような状況になることは滅多にない。
次に、ランドは時空干渉によって瞬間移動的なものを使えるのだが、移動が完了する直前に僅かに気配が揺らぐため、全神経を集中させれば転移先を読むことができる。
しかし、ラテネ同様それを自覚しているため、際どいところでラテネに攻撃をさせ、相手の意識をそらしてそれを防いでいる。
この2つの発見をもとに作戦を立てていく。
もちろん勝てるイメージは湧かないので、武器破壊or場外失格を狙って戦う事にした。
「まずは…」
ラテネに向き直ると、すぐさま四方から鉛葉牙が飛んでくる。
すぐに屈んで避けるが、今度は地面からは蔦が、正面からはランドが斬り込んできた。
飛び上がり、空中で体を捻ってランドの剣を受け止める。
我ながら、結構な成長だと思う。
暫く打ち合い、ランドから距離を取ったのち、ラテネに向かって走る。
ラテネもすぐさま応戦し、幾つもの有毒植物が襲いかかってくる。
自慢の反射神経で周りにすごい勢いで迫っていた紅い薔薇のような大きな棘、血薔薇棘を切り捨てると、そのままのスピードでラテネの背後へ移動した。
遠距離戦を得意とするラテネは懐に入られるのに弱い。
近づいては離れ、近づいては離れて…を繰り返し、その上で攻撃パターンを変化させながら畳み掛ける。
ラテネは大量の葉や棘、蔓の物理攻撃を仕掛けてくるが、距離感がいまいち掴めていないため、コントロール力がいつもより低い。
当然見かねたランドが不意打ちを仕掛けてくるが、躱してラテネへ攻撃を集中させる。
スピード&質量重視のランドの攻撃は打ち返すのは難しくとも、受け流すのは簡単なのである。
そんなこんなで10分ほど経過すると流石のラテネでも疲れが見えてきた。
「あと少しっ…」
そのまま2、3分程戦っていると、ついにラテネの放っていた植物が一斉に動きを止める。
「今だッ」
私がラテネに急接近すると同時にランドが私の目的に気がついたらしい。
私を遥かに上回るスピードで迫ってくるが、私の方が一瞬速かった。
ラテネは私が剣を振り上げた途端、持っていた短剣を素早く取り出し、私の剣を受け止めたが、ができうる限りの力を込めて押したこともあって、ラテネは見事に吹っ飛んだ。
流石にいきなり場外とはならないので、空中で無防備なラテネに畳み掛ける。
ドロッ…
不意に首筋に生暖かいものを感じた。
この匂いは知っている———血だ。
おそらくラテネの神力が復活したのだろう。鋭く、鉄色の葉が薔薇とは別の赫にで染まっている。
しかしリズのお陰で高度な回復魔法が使える私はそんなことはお構いなしにラテネにもう一撃加える。
首の怪我は即死でなかったために即座に回復した。
一方、そんな事を知らないラテネは先ほどの攻撃で勝負が決まったと思ったのか、油断していた。
そこに首を3分の1程斬られた筈の私の攻撃が飛んできたものだから、相当驚いたのだろう。
「えっ…なんで。」
目を大きく見開きながらも微笑したラテネはバランスを崩し、場外へ落ちた。
「ふぅ…」
一息つく私にランドが真剣な眼差しで声をかけてきた。
「今度は、俺かな?」
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