【第3話】2年目エンジニアの覚悟

「誰にもない"武器"...ですか?」

橋本さんの言葉に、私は首を傾げた。フロアには誰もおらず、蛍光灯の明かりだけが静かに降り注ぐ。

「そう。佐藤さんにはね、"共感力"という武器がある」

彼は、スマートフォンでTaskHarmonyのレビューページを開いて見せた。

『機能は良いのに、動作が重くて仕方ない』
『チームのタスクを確認するたび、イライラが募る』
『解約を検討中。代替サービスを探しています』

「この声の痛みが、君には分かるはずだ」

その通りだった。
3年前、営業として働いていた頃。使いづらい社内システムに阻まれ、商談の機会を逃したことがある。データの読み込みに時間がかかり、クライアントを待たせてしまった。冷や汗を流しながら謝罪した記憶が、今でも鮮明に残っている。

「システムに振り回される現場の気持ちを、君は知っているんだ」

深夜のオフィスで見つけた答え

その夜、私はデスクに残っていた。
今度は違う。逃げ出すためじゃない。

画面には、TaskHarmonyの利用データが広がっている。アクセスログ、CPU使用率、メモリ消費量。でも、私が注目していたのは別のデータだった。

「これ、気づいてました?」

マウスカーソルを動かすと、ある興味深いパターンが浮かび上がる。

朝9時、お昼休み直前、夕方の会議前。
アクセスが集中する時間帯には、はっきりとしたリズムがあった。

「へぇ、面白い視点だね」

背後から声がして振り返ると、野村さんが立っていた。彼の手元のノートPCには、技術的な設計書が開かれている。

「技術的には、これが最適解なんだ」

彼が見せてくれた設計は、複雑なマイクロサービスアーキテクチャ。ElasticSearchによる検索の高速化、Redisでのキャッシュ戦略、コンテナオーケストレーションまで。確かに、理論上は完璧な解決策。

でも。

「これ、導入のタイミングを間違えると、もっと大きな問題になりそうです」

私は、自分のモニタに映るグラフを指さした。

「朝の受注データ確認、昼休み前の進捗報告、夕方の会議資料作成。ユーザーは、この時間でミスが許されないんです。まず、ここのパフォーマンスを改善しないと...」

野村さんは、静かに頷いた。

「そうか。僕らは技術の最適化を考えていたけど、ユーザーの仕事の流れを見ていなかった」

彼は自分のPCを閉じ、私の隣の席に腰掛けた。

「このグラフ、もっと詳しく見せてもらっていいかな?」

時計の針は、気づけば深夜0時を指していた。
でも、不思議と疲れを感じない。

ユーザーの行動データを掘り下げていくと、思わぬ発見が次々と浮かび上がってきた。
営業チームは、商談中にモバイルでアクセスすることが多い。
カスタマーサポートは、複数プロジェクトを同時に参照する。
経理部門は、月末に大量のデータをエクスポートする。

「これ、意外な発見だったよ」

野村さんが感心したように言う。

「技術力は、これから伸ばしていける。でも、ユーザーの行動パターンを見抜く力は、簡単には身につかない」

その言葉が、私の背中を押した。

夜明けの決意

翌朝、私は誰よりも早くオフィスに到着していた。
会議用スライドの最後の調整をしながら、昨夜の発見を整理する。

「おはよう。随分早いね」

山田くんが驚いた様子で声をかけてきた。彼のモニターには、昨日から取り組んでいたパフォーマンス改善のPRが開かれている。

「山田くん、そのPR、ちょっと見せてもらってもいい?」

私が声をかけると、彼は意外そうな顔をした。今まで技術的な議論は避けてきた私が、自分から踏み込んでくるなんて。

「このクエリの最適化、ユーザーの使い方に合わせて、こう変えてみるのはどうかな」

私の提案に、山田くんの目が輝いた。

「これ、いいかもしれません!エンドユーザーの動きを考えると、確かにこっちの方が...」

朝日が昇る頃、私は部長の席を訪ねていた。
背筋を伸ばして、はっきりとした声で。

「パフォーマンス改善プロジェクト、リーダーを務めさせてください」

技術は、これから学べばいい。
チームメンバーに教えを請い、勉強会で研鑽を積み、深夜までコードと向き合う。
それは、今までやってきたことの延長線上にある。

でも、今の私にしかできないことがある。
ユーザーの痛みを理解し、技術をビジネスの文脈に落とし込む。
それは、私がもう持っている"武器"だった。

「よし、任せた」

部長の声が、朝の静けさを破った。

その日のうちに、新しいSlackチャンネルが作られた。

【TaskHarmony-Performance-Project】

メンバーリストには、チーム全員の名前が並ぶ。技術のスペシャリストたち。そして、その中に、元営業の私。

この異なる視点の組み合わせこそが、プロジェクトを成功に導く鍵なんだ。

朝日が、オフィスの窓から差し込んでくる。
私たちの挑戦は、ここから始まる。


次回「TaskHarmonyプロジェクト始動編」

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