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月山文庫、ちょっと一旦潰します。
「んじゃ、タカシまたなー」
「おー、また明日なー」
今日も、いつものようにタカシくんは、友達のトモくんと一緒に小学校から帰ってきました。ケーキ屋さんの前を通り過ぎて、十字路まで来たら、ここから先はふたり別々の道。トモくんは右へ、タカシくんはまっすぐ前へ。トモくんにバイバイと手を振って、タカシくんはまっすぐ家へ帰……。
「あ、そういえば」
ふっ、と、タカシくんは思い出しました。
月山文庫、って、どうなったのかな。
月山文庫というのは、タカシくんがよく漫画を立ち読みしていた本屋さんです。
でも、しばらく前に改装工事が始まって、それがなかなか終わらないものですからタカシくんもその間ずっと立ち読みできないままでした。
だけど流石にそろそろ終わったんじゃあないかなあ、改装。
それで、家へ帰るのを後回しにして、月山文庫のある方へ向かってみるのでした。
「あれえ!?」
十字路を左に行った先の空き地に、月山文庫が……正確には、月山文庫の入り口がある筈でした。
大きな羊の体に扉がついていて、その扉を開けると本屋さんの中に繋がっているのですけれど……。
なんという事でしょう。
タカシくんの目の前で、大きな羊が、ぺしゃんこになっていたのです。
熊の敷物とか、虎の敷物とか、あるでしょう? お金持ちの家にありそうなやつ。
そんな感じです。
ぺっちゃんこの敷物状態になっています。
それだけではありません。
羊の敷物の傍に、作業服を着た人がふたり立っています。不審なのは、ひとりは馬の被り物を、もうひとりは鹿の被り物を身につけている点です。不審者ふたりは、腰のベルトにトンカチをぶら下げています。そしてなにやら話をしています。
「鹿先輩! どうすか! こんくらい潰せばオッケーすか!」
「ん、いいんじゃねえかな。よし、畳むぞ。お前向こうの端持って」
はいっす! と、元気よく返事をした、馬の被り物をした方が、ふとタカシくんの存在に気付きました。
「あれっ? なんかオレ達に用っすか?」
「いや、多分この本屋の客だろ。だよな?」
タカシくんはこくこくと頷き、そうです客です、と答えました。
……ですが、良い子の皆さんはそれではいけませんよ。被り物をした不審な人物を見かけたら、とりあえず逃げましょう。
さて、返答をしてしまったタカシくん。
そんなタカシくんの方へと、鹿の被り物をした、鹿先輩と呼ばれていた方の人物が近寄ってきました。そして、腰に手を当てて言います。
「ごめんなあ、この店今潰したとこなんだわ」
「えっ、月山文庫って潰れちゃったの!?」
「うん、ああ、いやでも無くなる訳でもないよ。一旦さ、潰して、畳んで、そっからまた新しく作り直すんだってよ。な、だから本買うなら、また買えるぜ。もうちょいしたら、新しい月山文庫が建つから、その時にな」
「そうなんだ」
タカシくんはちょっと、ほっとしました。それから、首を傾げて呟きました。
「潰した……」
「おう、そうだぞ。ほら、潰れてるだろ、ぺしゃんこに」
「畳む……」
「今から畳むとこだぞ。このぺしゃんこにしたのをな、折り畳むんだよ」
……。
店が潰れる、とか、店を畳む、とか、そういう言い回しはタカシくんも聞いた事がありますけれど……。
こんな、物理的な意味だったでしょうか……。
「そうだ!」
鹿の人はハッとした様子で声を上げます。
「そうだそうだタカシくん」
「うん、何? ……ん?」
名前を呼ばれたタカシくんは、あれっ? と思いました。僕、名前、教えたっけ?
「世界観ごと作り直すからさ、その関係でちょっと、今までこの世界を認識してきた主人公の持ってる認識もリセットしたいんだよ」
「ん、んー、えっと、どういう意味?」
「物語の主人公『タカシ』の頭の中をリセットしたいの。つってもまあ、あれだよ、お前の人格とかは変わんないよ。ちょっと記憶が消えたり変わったりする程度よ」
「ん? ん?」
「すぐ済むから」
そう言って。
鹿の人は、腰のベルトからトンカチを外し、そして高く振り上げます。
「ちょっと潰すだけ」
トンカチが振り下ろされ。
「えっ」
タカシくんの頭に、ガツン、と、
「おかえりタカシ。……どうしたの、ぼうっとして」
お母さんの声がします。
「……え?」
気がつくとタカシくんは、自分の家の玄関に立っていました。
あれ? 何があったんだっけ。
ええっと、いつもどおりにトモと一緒に小学校を出て、いつもどおりに十字路の所でトモと別れて、その後は……。
その後は、普通に、家に帰ってきたよな、と、タカシくんは考えます。うん、特に変わった事もなかった。何か忘れているような気もするけれど、それは多分気のせいでしょう。
「ねえ、本当にどうしたの? 具合でも悪い?」
「え? ううん、何にもないよ。ただいま」
それからタカシくんは、普通に晩ご飯を食べたり、普通にお風呂に入ったり、普通に漫画を読んでごろごろしたり、普通に寝たりしました。
今日は、普通の、なんでもない、普通の一日でした。
特に何もない一日が、こうして終わりました。