毎日を生き辛いと想うあなたへ
ちょっと一息つきませんか?
毎日生きることがしんどいと思っているあなた。自分のことが嫌いなあなた。自分が変わり者だということに悩んでいるあなた。明日学校や仕事へ行きたくないと思っているあなた。私の書くこのエッセーを読んで、ちょっと一息ついてみませんか?そんなあなたが明日をちょっとだけ楽に生きるヒントが見つかるかもしれませんよ?
はじめに
今日は大学時代の友人とカラオケに行ってきました。そこで大好きなアニソンや特撮ソングを思う存分歌ってきました。中でも私が一番心を込めて歌ったのは、ISSAの「Justiφ's」です。これは平成仮面ライダーシリーズ4作目に作られた仮面ライダー555(ファイズ)のオープニング曲です。
え、何でわざわざ興味のない仮面ライダーの話をここで読まされないといけないの?そう思うでしょ?ちょっとお待ちください。仮面ライダー555は人間学のテキストに十分足る作品なのです。その価値はドストエフスキーと何ら変わりません。(決して大げさではありません)だまされたと思って、少し私の話にお付き合いください。
最初にお断りしますが、私は一人のファイズファンではありますが、特撮オタクではないので、ここでファイズのディテールについて書こうとは思いません。そういうのは他の方やネットの情報でたくさん仕入れることが出来ます。そちらでお楽しみください。あくまでもこのエッセーでは、私自身がこの作品をどのように味わい、精神的に辛い日々から少しでも解放されたか。その辺をお話ししようと思っています。ですので、皆さんがお読みになっても決して損はしないと思いますし、なるべくそのように書きたいと思っています。
人間は相対的な生き物
ファイズには確かに仮面ライダーや、敵であるオルフェノクという怪人も出て来ますが、私が見ていると、こうした物は単なる象徴や装飾として使われているに過ぎません。基本的には重厚な「大人の人間ドラマ」として楽しむことが出来ます。ファイズという作品にとって、着ぐるみはあくまでも補助的な位置づけなのです。物語を楽しむうえで全く邪魔に感じません。その辺の作りも良く出来ていると思っています。
ファイズの特長はいくつかあるのですが、何と言っても素晴らしいのが「善悪は相対的である」という視点で終始描かれていることです。つまり容易に善と悪が入れ代わるということです。善だと思っていたのに、実は悪だったとか、悪だと思ったら実は善だったとか、あるいは悪玉キャラが人間味のある行動をとったりするんですね。全体的に善と悪がぼやけているんです。ですからファイズは何回見ても面白いんです。人間の感情が複雑に表現されていますので。「敵にも人間を襲う理由がある」という書き方ですね。
こうした手法は、実は既に「ウルトラマン」で見ることが出来ます。実相寺昭雄が監督した「故郷は地球」では、宇宙開発競争の犠牲となったジャミラが人類へ復讐するために地球へやって来ます。結局ウルトラマンはそれを倒しますが、最後はなにかを考えさせるようなイメージで終わります。果たしてジャミラが悪いのか、人類が悪いのか?ウルトラマンが悪いのか?
こうした傾向は後の「ウルトラセブン」で花開きます。いまだにウルトラセブンはファンの間で根強い人気が有りますが、それはストーリーが重厚であり、決して単なる子供向けの特撮番組ではないからです。むしろ子供向けだからこそ、当時の円谷英二をはじめとするスタッフたちが、子供たちへの熱いメッセージをいっぱい詰め込んだと言えそうです。
考えてみてください?この世界に絶対の善人や絶対の悪人はいるのでしょうか?
「あの人良い人だよね」と思う人であっても、その人は人生の中で、一回も他人に迷惑をかけないで、嘘をつかないで生きてこられたでしょうか?そんな人は恐らく誰もいないでしょう。誰もが「誰かに嫌われ、迷惑をかけ」生きることを学んで行きます。二度と同じことをしないためにはどうしたら良いのか?そういうことを思いながら毎日を送っています。それが人間です。人間は失敗をして学ぶ生き物なのです。最近はネットで過去の失敗を元にして、他人をディスる傾向が強いですが、そういう失敗はディスっている側も絶対にやっています。ネットに曝すなどは天に唾を吐くような愚行といえるでしょう。
まさにロケットの打ち上げもそうですね。何度も失敗するから止めてしまえ、とネットで叩く人が多いと思いますが、そこで止めたら全てが終わります。将来、日本がロケットの運用で世界の後塵を拝することになれば、国益を大きく損ずることでしょう。そうならないためには、失敗を恐れず続けることです。それしかありません。
オルフェノクの話
良い人も悪い人も、基準次第ですね。どの視点から見るのか、あるいはどの現象から見るのか、その辺で大きく変わって来ます。あなたにとって良い人も、私にとって良い人とは限りません。ファイズの一つのテーマはまさにそれです。長田結花(演:加藤美佳)がオルフェノクとして人間を襲う理由は、実に悲惨なものなので作品をご覧下さい。是非実際の映像を見て彼女の心を”感じて”みてください。私はとても彼女の気持ちを文章で書き表すことが出来ません。
私は彼女がオルフェノクに覚醒する話を見た時に「ああ、ここに自分がいる」と思いました。自分は周囲からこうやって見られているんだ、親や兄弟、クラスメイト、その一人一人の感情が、私には手に取るように分かりました。ファイズを見ることで沸き起こる「自分の感情」を味わう、というのもこの作品の魅力の一つだと思います。音楽評論と同じで、作品の空気感は決して文章には出来ません。是非、実際に味わって頂くことをお勧めします。ちなみに、彼女は最後に実に美しい死に方をしますので、興味のある方は是非ごらんください。本当に切なくて美しい死に方です。
科捜研の女シリーズでお馴染みの泉正行が演じた木場勇治も、残酷な理由でオルフェノクとして覚醒します。オルフェノクは、この世に強い憎しみや恨みを抱いて死んだ者が蘇って怪人化したものです。しかしファイズの面白いところは、この木場勇治はそれでも、人間を襲うことを「躊躇っている」んです。自分はあくまでも人間であってモンスターでは無いと。だから人は襲わないのだと。ところが、ストーリーが進んで行くうちにその気持ちが段々変わってくるんです。その辺の描写も実に丁寧に描かれています。
私はオルフェノクは、人間の中にあるドロドロとしたダークサイドの感情を分かりやすい形にしたものだと思っています。誰だってそういう感情は持っています。だからオルフェノクのデザインは、仮面ライダークウガのグロンギ族(敵)とは違って、オドロオドロシイものではありません。どこかユーモラスと言うか、親しみやすいデザインに落ち着いています。それは一つ一つのオルフェノクが、私たちの心の中に棲んでいるということの象徴なんだと思います。演じた泉正行は有能は役者でしたが、若くして亡くなってしまったのは実に惜しまれます。合掌。
今一人、唐橋充さん演じる海堂直也が主人公の7話、8話は必見のストーリーです。人間にとって「夢」とはなにか?夢を叶えるとは?夢に破れるとはどうゆうことなのか?人間にとって夢がどれほど大切か、ということを重厚なクロスストーリーで描きます。
私は音楽が好きなので、特にこの二つの話は何度も見返します。見る度に泣きます。海堂はギターの天才と言われた男。しかしある事件が切っ掛けでその夢を断念します。
海堂のこのセリフ、グッと胸に迫るものがあります。私にも音楽家と作るオリジナル音楽を、たくさんの人に聴いて欲しいという夢があります。彼の気持ちは痛いほど分かります。
一方、美容師を目指すヒロイン園田真理(演:芳賀優里亜)は日夜その夢のために頑張っています。主人公乾巧(演:半田健人)は彼女の夢のことなど全く無頓着。何故なら彼は自分のことが全く分からない「自分探し」をしているのです。だから夢なんて無いし、理解も出来ない。二人の絡みはちょっとした恋愛ドラマ仕立てになっているので、見ていてもちゃんと感情移入出来ます。7話、8話はこの二人の夢を中心に展開されます。夢を絶たれた海堂に対し、これから夢を叶えようとする真理。この二人のクロスストーリーなのです。その対比が実に素晴らしい。海堂は自身の夢が絶たれたことを恨みに思っていて、オルフェノクとなったことで、関係者へ復讐を誓います。ところが、ある人物と出会うことで…。
7話、8話はその魅力を筆舌に尽くしがたい作品なので、というか下手に文章にするとその風味が失われてしまいますので、実際に映像をご覧になった方が良いと思います。8話のラストで海堂が愛するギターをマンションの窓から捨て去るシーンは、あなたが見てもグッとくると思います。彼が演奏する「ディベルティメント」も泣かせます。クラシック音楽が好きな方に是非ご覧いただきたいストーリーです。この二つの物語は、ファイズ全50話の中でも屈指の名作ですので、一度実際の作品に触れて頂けると幸いです。ちなみに唐橋さんは女優水野美紀さんの旦那さんです。シンケンジャーなんかにも出ておられますね。水野さんのYouTube動画では、唐橋さんの話す愉快なファイズの裏話なども聞けます。彼は多彩な才能の持ち主で、彼の描いた絵がファイズの劇中でも使われています。
主人公のこと
最後に主人公乾巧(いぬいたくみ)のことを書きましょう。彼は最初、実につっけんどんなキャラとして登場します。あまり他人に関心がない。というか自分に自信が無いので自己肯定感も低い。そんな彼が偶然、園田真理と知り合うことでストーリーが始まり、その後、真理を中心に物語はどんどんと展開して行きます。真理は芯の強いイメージのキャラで、巧にことあるごとに絡みます。巧はそんな真理が鬱陶しいんです。でも、巧はどこか憎めないキャラなんですね。良い所もいっぱいある。そういうところが真理の心を少しずつほぐしていく。つまり、人としての彼女の柔和な感情を引き出していくことになります。恋愛とまでは行きませんが、二人の関係は切り離すこと出来ない紐帯で結ばれて行きます。
一方の巧も、真理との時間を過ごすことで、人としての自分の「価値」を少しずつ見出して行きます。特に印象的なのは、第8話で彼がこんなことを言います。
真理の命を狙おうとそっと忍び寄るオルフェノク。そんなオルフェノクの前にさっと立ちふさがる巧は、こう言い放ちます。
このセリフを聞くだけで、私は毎回見るたびに号泣してしまいます。自分は真理の夢を叶えることに何も貢献できない。でも、その真理を守ることは自分にしか出来ない。巧のこのセリフ一つで、見ている私たちのハートは鷲掴みにされてしまうことでしょう。
同じ頃、海堂の知人である木場勇治は、海堂の夢を奪ったある人物と対峙します。そのある人物とは…。その際の木場のセリフもふるっています。
ファイズの魅力
仮面ライダー555は、前半の8話までは特撮を特に好きではない、という方にも偏見なくご覧いただける話になっていると思います。岐阜県出身の名優、綾野剛さんのデビュー作も実はファイズであり、彼は色んな対談の中で、自身の役者人生を形作ることが出来たのは、ファイズのお陰だと仰っています。彼が登場するのは8話以降なのですが、ストーリーがどんどんダークサイドに堕ちていくので、鑑賞するにはかなり精神的な”余裕”が必要になると思います。しかしそれだけに、人間の心に棲んでいる闇の描写がリアルに描かれているので、「自分」を知りたい、「人間」を深く知りたいと思われる方は、ファイズを最初から最後まで通してご覧になることをお勧めします。非常に深遠なヒューマンドラマですので。
さいごに
このエッセーでは、ある意味「人間哲学」の参考書ともいえる仮面ライダー555を、私がどのように見たか、見ているか、あるいは何をそこから汲み取ったのか、ということを書きました。私自身も自己肯定感が低い人間ですし、「変わり者」と周囲に敬遠されている口です。そんな私は、この作品と出会って、少しばかり気持ちが楽になりました。「自分の内面」をこの作品の中に見つけたことで、「自分」という存在が少しばかり分かったような気がしています。最初に書きましたが、毎日生きることがしんどいと思っているあなた。自分のことが嫌いなあなた。自分が「変わり者」だということに悩んでいるあなた。明日学校や仕事へ行きたくないと思っているあなた。
どうかファイズの世界観の中に自分を見つけてください。そして、劇中のキャラクター達と一緒に、自分を”解放”していきましょう。それが私の切なる願いです。
おしまい
【作品データ】
仮面ライダー555(ファイズ)
放映:2003年1月~04年1月、テレビ朝日系
原作:石ノ森章太郎
脚本:井上敏樹
監督:田崎竜太他
音楽:松尾早人
出演:半田健人、芳賀優里亜、溝呂木賢、泉正行、唐橋充、加藤美佳他