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#ひまコレ 続きを書いてみたよこんな感じ?~出会い編~

↑の続きです。紫陽花ちゃんとの出会い編。

 ひまわり荘(作者注:伏字にするのが分かりにくいので仮で決めました)への道中、管理人さんは下宿のルールについて簡単に説明をしてくれた。朝食と夕食はひまわり荘で用意されること、夕食が必要ない場合は必ずその日のお昼までに連絡すること、掃除や洗濯は日付が変わって以降は控えること、友人を呼ぶのは構わないが宿泊はさせないことなどなど。
「まあ、詳しくは、おいおい。とにかく、平和に仲良くやっていただければ、こちらとしてなにも言うことはありません」
「分かりました」
 とはいえ、それは相手次第だ。気難しい入居者ばかりだったらどうしよう。
「ああ、心配なくても、いい人ばかりですよ、うちの入居者は」まるで心を読んだかのように管理人さんは言った。「ただちょっと、癖が強いところはありますが」
 商店街を歩いていると、農家直売無農薬野菜を売りにした八百屋のおばちゃんに「あら、新しい店子さん?」と声をかけられた。
「そうなんです」
「そりゃいい。入居祝いで、メロン半額にしとくけど、どう?」
「ありがとうございます。とりあえず彼をひまわり荘に案内してから、また買い物に来ますね」
 管理人さんはそう穏やかな声音で答える。東京の空は狭く、走る車の量は多く、少し息苦しいような心地もしていたが、そんなやりとりを聞いていると「どこの街も暮らす人は同じだな」という気持ちになる。
 駅から歩いて五分、コンビニのある角を左に曲がってすぐ、レモンイエローの二階建ての建物が見えた。ぱっと見は両隣に並んでいる一軒家より少し大きいなという程度で、シェアハウスらしくは見えない。ひょっとしたら、元は一軒家だったのを改装したのだろうか。門柱には「ひまわり荘」という手書きの木の看板がかかっていた。
「到着です」
 そう言って管理人さんは、鍵を開ける。他人の家に入っていくような気分で「お邪魔します」と言いそうになるが、今日からここは自分の家だ。
「靴は玄関に出しておいて構いません。ただ、二足目以降は下駄箱に入れるか、自分の部屋で管理してください。下駄箱だとたまに誰かに勝手に履かれますから、後者のほうがおすすめですね」
 なるほど、と思いつつ、スニーカーを玄関で脱ぐ。下宿とはいえ同じ家に住むのだから、他にもいろいろ気をつけることがありそうだ。
 玄関を上がってすぐ左手に階段、奥にはリビングとキッチンがあるようだった。
「部屋は、二階の二〇四号室になります」
 管理人さんは先に立って、二階へ上がった。平日昼間は誰もいないのか、家の中に人気はない。二〇四号室は、一番奥の部屋だった。管理人さんがドアを開けてくれる。
 よく掃除のされた、畳敷きの六畳間だ。正面にまだカーテンのかかっていないベランダがあり、その向こうには隣の家の屋根と青い空が見える。左手には押入れと、前の住人が置いていったものか、中身が空っぽの大振りの本棚があった。元の家の自分の部屋より、一回り狭い。築年数も古いだろう。だが、自由にレイアウトしていい自分だけの城だ、と思うと、心が湧く。
「引越し屋さんが来るのは何時でしたっけ?」
「十六時って聞いてます」
「じゃあ、まだ時間はありますね。よかったら一階でお茶でも飲みませんか?」
 長旅に疲れていたのでこのまま横になりたい気もしたが、入居初日から誘いを断るのも気が引ける。僕は肩に提げていたリュックを部屋の隅に置く。
 階段を降り、リビングへ向かった。やはり人気はない。誰もいないならそれはそれで気が楽だ、と思っていたが――
「ああ、紫陽花さん。今起きたんですか」
 広々したリビングには、寝起きらしいボサボサの髪をした少女が立っていた。花のマークが散ったファンシーな柄のパジャマのような服を着ている。長い前髪が邪魔をして表情がよく分からないが、小柄なせいもあってかなり幼く見える。新高校一年生なのだから自分が最年少だろうと思っていたが、さらに若いのではないか。いったいなぜ、そんな年齢の少女がシェアハウスに一人で住んでいるのだろう? あと「ひまわり荘」に「紫陽花」って狙いすぎじゃないか?
「……おはよう」
 長袖から覗く右手には、日清カップラーメンのカレー味が握られている。ひょっとしてあれが……朝食? 昼食? おやつ? だろうか。
「またカップラーメンですか、まったく。それより、こちらは新しい入居者の方です。挨拶をしてください」
 紫陽花は、左手で前髪をかきあげる。
「……こんにちは。葉薊紫陽花です」
 ――ちょっと待て。めちゃくちゃ美少女じゃないか。寝起きらしく目は腫れぼったいものの、それでも分かる黒目がちのきれいな瞳だ。少しハの字型に垂れ下がった細い眉がまた好みのどんぴしゃ。色白の肌は透き通るようだ。東京って、こんな美少女がほいほい生息するものなのか?!
 ぼんやりしていると、肩をぽんと叩かれた。慌てて僕は自己紹介をする。だが紫陽花は、それにろくに答えもせずにキッチンに入った。寝起きだから無愛想なのか、それとももともとの性格なのか。先は思いやられるが、これで性格までよければうっかり惚れてしまいそうなので、それはそれでいい気もする。
「座っていてください。お茶を入れますから。――紫陽花さん、お湯、多めに沸かしてくださいね」
 リビングのテーブルは十人ほどが座れる大きなものだった。端の椅子をひとつ引き、僕は腰を下ろす。きょろきょろと部屋を見回していると、すぐに管理人さんがリビングに戻ってきた。
「お茶菓子です。どうぞ」
 小さなお盆に載ったおまんじゅうだ。ありがたい。それに手を伸ばしもぐもぐやっていると、
「あっ、そういえば鍵を渡し忘れていましたね」
 管理人さんの声に、僕は椅子を押して立ち上がる。
 だがそこには間の悪いことに、お湯を入れたカップラーメンを手に持った紫陽花が立っていたのだ。
「あ」
 声を上げることしかできない。スローモーションみたいに日清カップラーメンカレー味が床へと落ちていく。お湯が跳ねる、危ない、避けなきゃ! 僕は目をつぶってその場を飛びのく。
 だが。
「――どうしたんですか」
 紫陽花は平然とした声で言った。お湯は飛び散っていない。右手には、日清カップラーメンカレー味がある。
 いったいどういうことだ? たしかに宙を落ちていくカップラーメンを見たはずなのに……。
「鍵、どうぞ」
 いきなり言われて顔を上げる。すぐ横に、鍵を持った管理人さんが立っていた。妙に穏やかな表情で微笑みつつ、二つの鍵を差し出す。
「玄関の鍵と、二〇四号室の鍵です。大切に保管してくださいね」
 僕はなにかを口にしかけたが、それには気づかないような素振りで管理人さんは、
「今、お茶を蒸しているので。もう少し待っていてください」
 そう言って、キッチンのほうへ姿を消した。


ー続く(はず)ー



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